小説

『二十世紀のポルターガイスト』日影【「20」にまつわる物語】

 花火のようなオレンジ色の火花が、確かに散ったのだ。
 驚き、父と娘は一瞬動きを止める。
 娘はとっさに近くにあったティッシュの箱をつかみ、壁に投げつけた。
 ティッシュの箱が回転しながら空を飛び、確かな音を立てて壁にあたる。
“触れる!”
 渾身の力を込めてコタツを揺らす。
 父の手が母の首から離れる。
 なおも娘は父の意識をそらそうと、壁を叩いた。
 これでもかというくらい大きな音を立てて、必死で叩いた。
 愛をこめて、叩き続けた。
 父は必死に母を守ろうと、その身をおおいかぶせる。
 静寂が、すべてを包み込む。
 父は再び母の首に巻かれた帯に手を伸ばそうとするが、あきらめ、その手で自らの顔を覆い隠すと、泣いているとも笑っているともとれるうめき声を発した。
 妻は夫の顔を見て、にっこり笑う。
 夫もすべてが滑稽に思えて妻と笑いあった。
 ふたりの笑いあう姿を見て、死んだはずの娘も微笑んだ。
 小さい部屋の中で三人の笑顔が静かに、確かに、交差した。

◇◇◇

 オレンジ色の朝日が部屋を輝かせる。
 ベッドで眠る妻をそっと、揺り起こす。
「母さん、あけましておめでとう」
 いつものように妻は、老人の声には答えず、あらぬ方向に微笑みを投げかけている。
 それでよかった。
 それだけで、よかった。
「決めたよ」
 老人はひとり言のようにつぶやいた。

◇◇◇

 
~数日後のこと~
 かかりつけの病院。
 レントゲンの明かりが医師の眼鏡に反射し、その瞳を見ることは出来ない。
 医師が、静かに聞いた。
「どうしますか」
 老人は傍らに座る妻の手に手を添え、答えた。
「先生、手術、お願いします」

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