小説

『二十世紀のポルターガイスト』日影【「20」にまつわる物語】

 夕暮れ色に染まる山手線の車内では、老夫婦が寄り添うようにして座っている。
 まるで親鳥に体を寄せる小鳥のように、年老いた妻は安心しきった寝顔を夫の肩に乗せていた。
 数人の乗客が眼を細めてふたりを見つめている。
『御徒町』を告げる車内アナウンスが鳴る。
 老人は妻を優しく揺り起こすと、手をとって電車を降りた。
 大晦日の駅のホームは大勢の人で埋め尽くされている。
「おまんじゅうが食べたいわ」
 年老いた妻は、傍らでささえる年老いた夫に言った。
「おまんじゅうはね、さっき、食べたでしょう」夫の言葉に、妻はにっこりと笑う。
 ふたりの姿をいくつもの人影が追い越してゆく。
 腰の曲がりかけた夫は、妻の体に手を添えながら、ゆっくりと駅の階段を降りていった。

◇◇◇

 賑わう声がはじけ飛ぶアメヤ横丁の雑踏を横目に、ふたりは忘れ去られたような細い路地に入ってゆく。
 老夫婦の周りだけ、静寂のスローモーション。
 冬の風に、妻のマフラーをきつく巻き直す。
 静寂の中で交わす静寂の会話。
 風の音だけが、悲しく聞こえた。

◇◇◇

 駅近くの商店街にある小さな靴屋には、灰色の重たいシャッターが下りていた。
 ふたりの家。
 ふたりきりの家。
「さあ、母さん、着いたよ」
 薄暗い玄関にふたつの小さい影が消えてゆく。
 カチッと部屋の電気をつけ、妻をベッドに寝かせる。
「おまんじゅうが食べたいわ」
 老人は戸棚からまんじゅうを取り出すと、それを妻に手渡した。
 まるで餓鬼のようにおまんじゅうをむさぼり喰う。と、まんじゅうの欠片が喉につまり、苦しみ、むせる妻。
 老人はその様子をしばらくのあいだ静かに見つめた……もし、このまま、息を……そんなことを思うが、直前のところでかき消し、お茶を差し出す。
 背中に手を添え、さすってあげると、妻は大きく息を吐いてにっこりと笑顔を浮かべた。

◇◇◇

 テレビの画面からは、しきりに二十世紀の終わりを連呼する声が聞こえる。

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