小説

『さよなら、はじめまして』柿沼雅美【「20」にまつわる物語】

 私もそんなに変わってないかもしれない、見た目が老けただけで、あ、老けたどころじゃないのか、前に会った頃まではまだまだ子供だったんだもんね。私が言うと、そうだったなぁ、と懐かしそうに木塚さんが目を細めた。
 前に会ったときは私は18歳だったのだ。
 18歳の私は、大学に入学したばかりだった。木塚さんにメールで、この大学に行くことになった、と言うと、おめでとう!すごくいいところだと思うよ
!と返事をくれた。私は滑り止め受験で、文字通りそこで滑り止まったところだったから、あまり喜んではいなかった。滑り止めだし受験当日に行ったきりだからあまり乗り気じゃない、と言うと、そうかぁと言いながら、でもお祝いしなきゃな、と言ってくれた。
 私は、それだけで、滑り止まってよかった、とほんとうに思えた。大喜びして大学入学したのだったら木塚さんは誘ってくれなかったかもしれなかった。この時でさえ、顔を合わせなくなってから4年が経っていたのだった。
 その2週間後、木塚さんは私たちがはじめて顔を会わせた塾の裏口前に車で迎えにきてくれた。お互いが懐かしく、細かいことを言わなくても分かる場所だった。
 ひさしぶり、と言う前に、大人になったなぁと驚嘆した声がおもしろくて、私は助手席のドアを開けたまま手を叩いて笑った。女子高生といってもオシャレな部類の女子ではなかったから、服は無地のワンピースだったように思う。ストッキングはその頃も好きではなかったから、裸足でヒールのほとんどないセパレートのパンプスを履いた。
 地味なことは自分で分かっていたから、せめてバッグだけでもちゃんとしてかわいいものを、と思って、ブランドのチェック柄のショルダーバッグを持っていた。肩くらいの髪はそのまま下ろして、前髪を流すかまっすぐ下ろすかを前日から悩んでいて、結局がんばって自然に見える流れをつくった。
 お祝い、と言われながら、私の中では、一世一代のデートだった。少しでも大人っぽくみられたくて、いつもはしない化粧をして、リップもグロスじゃなくて、艶のある口紅を塗った。
 もう散っちゃってるかもしれないよなぁと言いながら、木塚さんは桜並木の道へ車を走らせてくれた。まだ結構花が残っていて、フロントガラスから見える左右の桜の木を見て、助手席のドアの窓を開けて、手を伸ばして見せて、綺麗綺麗、と私は喜んだ。嬉しそうにしてくれてよかったよ、と言う木塚さんを見ると、懐かしすぎる横顔が近くて、運転席のガラスの向こうにも、桜がひゅるひゅると揺れて過ぎていった。
 木塚さんの顔を見ると、ずっと話したかったいろんなことが頭から飛んでしまい、結局何を話していいのか分からなくなる私に、木塚さんは、学校は慣れた?とか他にどこ受験したの?とか、中学高校生活はどうだった?といくつも聞いてくれたから、沈黙に息を詰まらせなくてすんだ。
 木塚さんは、横浜の丘の上に車を走らせた。港の見える丘の公園くらいしか知らなかった私は、車から海も山も有名な船も見える場所を知らなくて、車が停まったときには、陽に光る水面に心を奪われていた。遠くには観覧車が見えた。夜だったらもっと綺麗なんだろうなぁと言う私に、木塚さんは、じゃあお酒が飲める年になったら夜に来ようか、と優しい言葉をくれた。

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