小説

『さよなら、はじめまして』柿沼雅美【「20」にまつわる物語】

 木塚さん、覚えていますか。
 会って3時間も経つのに思わず聞いてしまった。覚えてるよ、と半分笑いながら言う木塚さんは、20年前と全く変わっていないように思う。変わっていないね、と言うと、木塚さんは、細めの目を少し広げて、そんなことないだろうさすがに、と言った。
 二人してなんだかホテルには慣れなくて、さっき見たばかりなのに、夜景綺麗、なんてつぶやいて部屋のカーテンを開けた。そのへんの安いところでいいよ、と言ったはずなのに、ちゃんとした、家族連れが泊まるという意味でのちゃんとしたホテルにしてくれていた。ホテルのロビーでチェックインをしているときから気になっていた、それじゃもう寒いでしょう、というでも上品なコートをハンガーに掛けている木塚さんの姿を、窓越しに見つめる。髪も薄くなってなんてない、肌も綺麗、メガネというアイテムがたまに出てくるくらいで、体型も変わっていないように見える。
 小さくて丸い青色や黄色の光がチカチカする景色のなかに、うっすら、木塚さんの姿が溶け込んでいく。
 冷蔵庫にあるビールか、小さなワインでも開ける? と振り向いた私に、木塚さんは優しい表情をつくって首を横に振る。せっかくひさしぶりに会えたのに飲んでゆっくり話せなくなったらもったいないだろう、と言う。私は、そっか、そうね、と笑う。
 木塚さんはベッドに腰をかけ、私は窓のそばの椅子に腰をかける。
 最後に会ってから何年たってるんだろうなぁ、と木塚さんが言う。私は、もう16年も経つんだよ、と返すと、そんなにかぁ、と木塚さんは天井を見上げた。ジャケットを脱いだシャツの襟は少し開いていて、ズボンのふとももにシワがくしゃっと寄っていく。
 もう私34歳になってるんだよ、と言うと、大人になったなぁと木塚さんが目線を私に向ける。大人どころじゃないよ、あと1年したら四捨五入で40だよ、おばちゃんだよ、と言うと、四捨五入やめろよ、と木塚さんが笑う。
 俺も年とるわけだよなぁ、いくつになったと思う? 女の人が聞くと面倒くさいのに、男の人のこの返し方は少しかわいい、と感じるのは、相手が木塚さんだからだろうか。女の人ほど年を取ったことに悲観していない、でも若く言われたいという探り合いもないからだろうか。
 50でしょ、と私が言うと、わっよく分かったね、と木塚さんが手をパンと叩いて私を指差し、正解!と言う。何年ものあいだ、1年に何度も思い出していたんだから忘れるわけがなかった。ちょうど16歳違うんだよね、だからすぐ分かった、と私が言うと、そうかぁ、16歳差かぁ、と木塚さんはまた天井に目を向けて何か思い出しているようだった。
 不思議だなぁ、昔はすっごい差があるような気がしていたのに、今こうやって会っているとそんなに年の差を感じないんだよなぁ。もしかして俺が子供っぽいのかなぁ、退化してるのかなぁ、ほらよく言うじゃん、男はいつまでたっても子供だって。木塚さんがまた私に目線を戻す。
 言うね言うねー、なんでだろうねそれ、でも当たってると思うなぁ。そう言う私に、やっぱりねーと木塚さんが返す。俺はじゃああの頃から全然変わってないってことかなぁ、それはそれで困るなぁ、と言う。

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