小説

『神聖なる』伊藤なむあひ(『浦島太郎』)

 神聖なるそれは公園の隅、誰も使うことのない掃除用具が入っている物置の中で日に当たることなく置かれていた。
 その頃の僕たちといったらポパンに夢中で、休みの日は町中を駆けまわってポパンのもととなるそれを探していた。一番手に入りやすいのは浜辺で、行けばほぼ毎回それでバケツをいっぱいにすることができた。ただ、そこで手に入るのは潮風やらでしけっており質としては最低。おのずと他に良いものを見付けることができなかった場合だけ浜辺に行くようになった。
 次に手に入りやすいのはグラウンドで、僕たちは夜にどこかから例の破裂音がした場合はお互い知らせ合うようにしていた。遅くとも翌日の早朝、早ければその一時間後には集合し、地面に散らばったそれらを同じくバケツに集めていった。浜辺に比べて量は集まりにくかったが質はずいぶんとマシだった。
 もっとも集めるのが困難で、もっとも質が良いものはおもちゃ屋で手に入った。それはかなりのリスクを伴い、既に何人かの同級生が失敗し然るべき処置を受けていた。僕たちといえば、臆病と紙一重なくらいには慎重だったし、だからおもちゃ屋に行くことはこれまでなかった。
 夏休みは終わろうとしていた。八月の最後の日だった。宿題は三人で分担して終わらせたが自由研究ばかりはそうはいかず、そのことだけが僕たち三人を憂鬱にしていた。だから、それが必要だった。
 過去に僕たちは四人だったがいまは三人だけになっていた。僕たちはお互いの名前を知らなかったが、四人目の彼は神聖なるそれを飲むことで、というより飲み過ぎてしまったことで首から上が「ぽぱんっ」と破裂してしまいそれからというもの彼のあだ名(ついたときには彼は既に死んでいたが)はポパンになりいつの間にかそれを集めて飲み込む行為は『ポパン』と呼ばれることになった。
 ポパンは僕たちだけでなく近所の子供たちみんなを虜にしたし、大人たちはやっきになってポパンを取り締まろうとした。なにせポパンは危険を伴う。けれど僕たちを含む子供たちはみな、ポパンのスリルと儀式めいた魅力に取り憑かれていた。
 僕でない僕たちのうちの一人が自動ドアを開け残った二人の僕たちもそれに続いた。自動音声が僕たちを歓迎した。目的の場所は店内に入ってすぐだった。ドラゴンだのなんだの大袈裟な名前が付けられ目に突き刺さるような色の花火たち。店主の老人はカウンターの向こう、椅子に座りなにやらパソコンにのめり込んでいるようだった。スパイダーソリティアをやっているのだろうという意見で一致し僕たちは頷いた。
 二番目に店内に入った僕たちのうちの一人は夏だというのにゆったりとしたジャンパーを羽織っていて、もちろんその中には多くの花火が吸い込まれていった。

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