小説

『アラウンド・ミッドナイト』もりまりこ(『文鳥』)

 願いなんていっしょう叶わなくてもいいって思ってた。
 つまらない望み。一笑に付してしまいたくなるような、そんな俺だけの望みなんて、いつか吹かれて消えてしまえばいいって。

 ひかりのしずくが天井からつるされたいっぽんの垂直のかたちに添ってしたたってゆく。
 ひかるものがそこできえたりついたりするのではなくて、うえからつつつとおちてゆくと、青いひかりはまたつつつともどって、おなじうんどうをくりかえす。何年ぶりかで、浮足立ってる冬の街らしい光景を目にしていた。
<虹の橋>はいつもテレビで見る橋の色と違って、その日は七色っぽくにじんでいた。
 雨の降っていた日だったので、なんだか景色は眼のなかに入るものすべてがじわんと溶けだしそうな感じだった。
 こういうのどういんだろうと思いつつ、俺はひとりでカラーゴンドラに乗ってみた。おおきな観覧車が流行ってからもう、何年経つだろう。
 ゴンドラは以外と座席がひろく作られていた。座る。つめたい座席。つめたい曇った窓。息を吹きかけて拳をつくった小指側でごしごしすると、夜の空が見えた。イルミネーションが散らばっていた。
 ふつうにきれいで。まるい箱の乗り物はカップルだらけだったけど、彼らはじぶんたちに夢中なのでこっちのことなど、気にならないだろう。
 そこで俺はつまらないことを思う。
 あそこにいる彼らは、お互いの名前をきっと呼び合うんだろうな。
 そんなささやかすぎる問い。
 俺はたぶん、学校生活以外でだれか女の子に名前で呼ばれたことなんてなかったなって20代のある日気が付いた。
 気が付いたと同時に傷ついた出来事も思い出してしまった。
 俺の誕生日だったその日。小学校の頃のことだ。クラスのみんなが、その日誕生日を迎えた人を、ハッピーバースデーの歌を歌って、祝うという恒例の行事みたいなものがあった。
 その日。みんなが声をそろえてそれはそれは大きな声でハッピーバースデーを歌い始めてくれた。出だしは子供ごころに気持ちよかったのだ。その後、個々の名前を入れて歌う時、クラスの誰一人、ディアー〇〇君のとこの〇〇が、埋まらなかった。それもそのはず。クラスのみんなは俺の名前を知らなかったからだ。知らないというより覚えていない。誰が聞いても、それは〇▽▲※~で、なにも聞き取れなかった。黙って俺はそれを聞いていた。みんなの歌は少しくすくすと笑いも滲んでいた。だれも俺の名前を知らなかったことに気づいて。名前ぐらいは出席簿ぐらいで知られていると思っていたから。哀しみを通りこして、腹のなかで可笑しさが募ってきた。そして血の気が上がって、じぶんの身体が、まるまるからっぽになったような感じに取り囲まれた。

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