小説

『不完全変態』緋川小夏(『変身』カフカ)

 最初に気がついたのは、腕の皮膚でした。
 いつものように自分を傷つけるため剃刀の刃をあてたとき、皮膚が透けて静脈が浮き出ていたのに気づいたのです。それはまるで紅いガーネットの欠片が、オーガンジーの布に包まれて淡い光を放っているようでした。
 腕だけではありません。私の体は日に日に透明になって、体内にある臓器や血管がうっすらと透けて見えるようになりました。
 私は嬉しさのあまり小躍りしてしまいました。とうとう変態が始まったのです。この日が訪れるのを、どれほど待ちわびていたことでしょう。押し寄せる期待と嬉しさに胸が高鳴ります。
 私は人間が嫌いです。そして人間の大人は大嫌いです。
 体の至る所に毛が生えて、贅肉が付き、定期的に濁った紅い血を流す。やがて性行為をして子を孕み、出産を経て子育てをしながら醜く老いさらばえてゆく……考えただけで目眩がします。
 歳をとりたくない。ずっと無垢な少女のままでいたい。それが叶わないのであれば、美しい身体のまま、いっそ虫になって潔く死にたい。それが私の唯一の願いでした。
 やがて食べ物も、レタスやキャベツなどの葉ものしか受けつけなくなりました。肉や魚などの動物性たんぱく質はもちろん、炭水化物も体が一切、受け付けません。大好きだったショコラやプディングなどのスイーツも見ただけで気分が悪くなってしまいます。体重も一気に落ちて、生理も止まりました。
 学校へは登校するだけで精一杯。バスと電車を乗り継いで教室に着く頃には、精魂尽き果ててしまいます。体育の授業はいつも見学、授業中は居眠りばかり。そんな私をクラスメイトは誰ひとり助けてはくれません。ぐったりしている私を遠巻きに眺めながら、皆で楽しんでいるようでした。
 でも、良いのです。
 私には昔から友達と呼べるような人などいませんし、元々ひとりでいるのが好きでした。アイドルやSNSにも興味は無いし、そんなものに時間を割くなんて馬鹿馬鹿しく思えてなりません。空気なんて読みたくもない。何もやっても馴染めずに、昔から同世代の人々の中で完全に浮いていました。
 私は、自分が皆に陰で「孤高の少女」と呼ばれていることを知っています。もちろん、たくさんの悪意と嘲笑とからかいの対象だということも。
 当然のことながら、やがて私は不登校になりました。考えてみれば休みがちながらも登校していたこと自体、奇跡だったのです。以前から引きこもり気味でしたが、その頃になると外気に触れることも、太陽を浴びることさえも、相当しんどくなっていました。

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