小説

『灯台守の犬』はやくもよいち(『定六とシロの物語(秋田の昔話:老犬神社)』)

灯台守のパラディ先生がランタンを左手に、右手で石壁を伝いながら螺旋階段を上ります。
中型の雑種犬・ペスは、主人の足元に注意しつつ後を追いました。
彼らは灯台のわきにある小屋に住んでいます。
かつて周辺で航空事故が多発したため、港からつづく陽当たりのよい丘の上に、石造りの航空灯台は設置されました。

パウロ・アンジェロス・パラディは、70歳までケイン村で教師をしていました。
退職後、夜毎に灯台へ明かりをともす、灯台守の職に就いたのです。
ほんとうはもう、「先生」ではありません。
でも彼は何十年も「パラディ先生」でしたし、村の大人のほとんどが教え子なので、誰も他の呼び方をしないのです。
ペスもさいしょはペスカトーレという名前だったのですが、誰もそう呼ばないので、いつの間にか自分でも忘れてしまいました。

ブーツの底が鉄の踏み段に当たる音が、円筒形に積まれた石壁にこだまして、鐘のように響きました。
ランタンが揺れると、石壁に映る影が奇妙に伸び縮みします。
先生はその光景を見ることが出来ません。
近ごろすっかり、目が弱くなったのです。

今夜のように風雨が激しいと、雨もりで階段が濡れて、滑りやすくなりました。
足腰の弱った主人が、雨のにおいのする踏み段にさしかかると、ひと声吠えて注意します。

「ここは滑りやすいのだね。ありがとう」

ペスは黙って左右に尾を振りました。

村から灯台へ続く道の、かんがい用水路に架かる橋のたもとで拾われたのは十年前、彼が子犬だった頃です。
今は分別もある大人で、立派な灯台守の助手なので、仕事中はむやみに吠えたりしないのです。

「雨もりがひどくなって来たようだ。終わりを迎える時が近いのだな」

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