小説

『軸木は黒く燃え残る』洗い熊Q【「20」にまつわる物語】(『マッチ売りの少女』『アリスの不思議な国』)

「じゃ付けてみよ? ここで」
「え? お前、もったないから付けないって言ってじゃないか」
「箱だけ気に入ったの。中のマッチはまた叔父さんに貰えばいいじゃない?」
「もうしょうがないな……マッチで遊んだらママに怒られるぞ」
「今日だけ、今日だけ」
 妹に急かされて兄はマッチ箱を開けてみる。そして掌の上にマッチを出してみた。一本一本、指で摘まみながら数えてみる。
「えっと……二十本あるかな? マッチ」
「付けてみよ。ねぇ、火付けてよ」
「……しょうがないな」
 兄はマッチを一本手に取ると、馴れない手つきで箱横の茶色い部分で赤い頭を勢いよく擦ってみた。
 ショボッと――赤リン独特の香りと立ちのぼる煙。そしてポアッとオレンジ玉の揺らぐ灯。その灯りが、兄と妹の顔を暗闇の中に同じ色に浮かばせた。
 でもマッチの火は、あっという間に消えてしまう。
 兄は一度、周りを見て気にした。マッチを付けて周囲の大人に怒られるかと思ったから。でも誰一人、兄弟のことを気にしていなかった。
「持ち方が悪いのかな? 直ぐ消えちゃった……」
「……見えたよ」
「え?」
「ちゃんと見えたよ、私。揺らぐマッチの火の中に」
「ああ、願ったものか……ずるいな。僕は何も念じていなかったのに」
「忘れていた、お兄ちゃんが悪い」
 暗闇の中で、妹のクスクス笑う声だけが聞こえた。
「……で、何を見たんだい?」
「ママ」
「どんなママだった?」
「笑ってた。楽しそうに、優しい顔で」
「そうか……ずっと最近、ママの笑った顔なんて見たことなかったもんな」
「うん……泣いた顔はよく見てたけどね」
 暗闇の中で、妹の鼻をすする音だけが聞こえた。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11