小説

『祝祭の日』藤野【「20」にまつわる物語】

 祭りの朝は例年通りの快晴だった。
 サーシャは息を整えるために、腕に抱えていたたくさんの食材の入った袋を下ろして顔を上げた。
 この日のために用意された村伝統の晴れ着を身につけた子供達が、そこかしこで駆け回っている。衣装を彩る刺繍は鮮やかで、集まった人々がお互いの衣装を褒めあうのを聞いてサーシャは誇らしい気持ちになった。美しい刺繍は、女性たちが1年かけてほどこす。この村に代々伝わる特別なものだった。サーシャは今年初めて刺繍を衣装にほどこした。サーシャが担当したのは小さな子供達の衣装だった。目の前を笑顔で走り回っているこの中の何人かは、サーシャがほどこした刺繍入りの衣装を身につけてくれているのだと思うと、嬉しい反面、少し気恥ずかしい。母や祖母たちがほどこしたものと比較してしまうと、サーシャの刺繍は弱々しくて頼りないものだった。子供達がすねたり悲しい顔をしたりしたらどうしようと思っていたが、誰が誰だかわからなくなる勢いではしゃいでいる様子を見るとそんな心配は杞憂だったようだ。
 誰もがこれから始まる祭りに夢中になっている。村の中央を抜けて山頂へ向う道をみな楽しげに語らいながら歩んでいる。
 この村は、高さ400メートルほどの丘の頂上を囲いながら、渓谷を見下ろすように家々が建てられていた。村の一番高いところには教会があり、教会の前の広場からはこの村を含んだ丘陵地帯の全域を眺めることができる。今、晴れ着に身を包んだ人々が長い列になってその頂上を目指している。
 よし、と袋をもう一度抱え直して顔を上げると、サーシャも頂上を目指して歩き出す。
 みんなが笑顔で挨拶をかわしながら頂上を目指していくこの時間がサーシャは祭りの中で一番好きだった。語らいながら、時々周囲を見回して、それぞれに飾り付けられた家を眺めて目を楽しませている。今年はその飾りつけを幼馴染のハビエルとカトリーナが担当していた。左右対称に綺麗に飾られているのがハビエルの担当で、一部分が思う存分華やかに飾られているのに時々明らかに手抜きだとわかる簡単な装飾になっているのがカトリーナの担当だろう。2人らしさが出ていて見ているだけでおかしくなる。早く2人にその感想を伝えたくもあり、サーシャは足をはやめた。
 吹き抜ける風を追いかけるように頂上を目指す。頂上までの道のりは決して平坦ではなく、ときおり崩れてきた岩が転がっている場所もある。平地にいるときはすっかり秋だと思っていたけれど、足元を注意しながら歩いていると暑いくらいだった。サーシャも少し息が切れてきたが、急がなくてはならない。祭りのための食材を早く運んであげないと。もう一度、袋を持ち直そうと足を止めると、ひょい、と袋が奪われた。
「ハビエル!」
 久しぶりに会う幼馴染の姿があった。この前に会った時はほとんど変わらない目線だったはずなのに、今ははるかに高い位置に頭がある。

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