小説

『アケガタ・ユウガタ』もりまりこ【「20」にまつわる物語】

 アケガタと最後にやったスロウ・グラスのあの白い紙を今も持っている。
 折り目のところからいつちぎれてもおかしくないほど。ぼろぼろの紙。

<午後5時 ビル裏 ふたりが 闇夜を さまよう>

 それから風の便りでアケガタが、コメディアンの修行のためフランスに渡ったらしいって聞いたことがあった。噂がほんとうかどうかわからなかったけど。
 ユウガタは、アケガタの夢にもっと軸足をかけるべきだったんじゃないかと、現場で足場を組んでいるときなんかに思うことがあった。
 そして、なにげなく空をみあげる。
 アケガタもどこかで空を見上げてるといいなと思いながら。

 スロウ・グラスのことを思うと、のどの奥が苦くなる。
 なにかひとつひとつがふいをついて、つながってうっすらと意味らしきものをはりつけながら。そのことばをえらんだのは、ほんとうはじぶんでないような。
 ユウガタも綴ったはずのあの白い紙のなかのことばは、もしかしたらぜんぶアケガタのものだったような気がして。
ユウガタは腹ばいになってことばを選んでる息子のまなざしをぼんやりと眺めていた。

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