小説

『長生き杖』田中希美絵【「20」にまつわる物語】

ほろ酔いで寝室に行く。久しぶりに入る自分の部屋は綺麗に片付けられている。ここに住んでいたときに持っていたものはあらかた、上京するときに持って行ったか、捨ててしまったかだ。引き出しを開けてみるが、中には

何もない…と思ったところで、奥に懐かしい菓子缶を発見した。開けてみると、ポツンとあるのは。小さな透明な袋に、長生き杖、とその旨を書いた台紙もそのままだ。
どうしたものだろう。
幽霊やおばけ、非科学的なことは信じないとちゃんと言ってのけられる歳だった。それでも、やはり何か悪いことをした気がした。
でも、もう時効かもしれない。
そろそろ、ちゃんと言った方が、いい。で、ちゃんとあやまろう。

それを手にリビングに戻る。母は食卓のいつもの場所に、夕刊を前に座っている。いつからか必要になった老眼鏡の派手なチェーンがこめかみから垂れ下がっているのが見える。もともと姿勢が悪かったところに、背がさらに丸くなっていった。祖母ほどではないが、髪が少し薄くなっている 。「ねえ、これさあ…。」返事がない。さらに近寄ってよくみると、座ったまま居眠りをしている。起こしていいのか迷っているうちに、母は自分から目を冷まして、目を瞬きながら、のろのろと夕刊をたたみだす。私が差し出すそれには気づかない。私は母があくびをし終わるのを見計らって、ようやく、「これ、じいじにもらったの。まだ生きてるときに。」母は涙目でそれを手に取り、少し眺めて、私に返す。許してくれたのか。母は呟く。「まあ、ねえ。長生きなんて、してもねえ。」

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それからかなり経つ。

いつも忙しくてあまり会ってもいない妹から久しぶりに連絡が来る。今年の年末は何日に帰省するか、と。ばあばのところは年始から行ってもいいのかな?と重ねて聞かれる。お母さんに聞いてよ、と思いながら、カレンダーをめくる。

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