小説

『手取り20万円』広瀬厚氏【「20」にまつわる物語】

「そんな鳴き方したって憐れんでやらんぞ、この犬畜生めが!」と、さらに暴言を吐く。
 私はあまりに普段と違うトミコの態度に戦いた。私は立ち止まり、彼女から離れ、ゆっくりと工場に帰った。
 話は先に戻る。近所のババアがバッキーに会いに工場にやって来たが、バッキーはトミコに連れられ散歩に出ていた。
「あら残念。バッキーちゃんに会いたかったわ〜」と近所のババア。
「もうじき帰ってくると思うんだけど」と大奥様こと工場のババア。
「じゃあちょっと待たしてもらおうかしらん」
「どうぞどうぞ。事務所でお茶でもいれるわん」
 とそのとき、バッキーがトミコの散歩… ん? トミコがバッキーの散歩? ま、どっちでもよい。とにかくバッキーとトミコが散歩を終え、工場に戻って来た。
「あ〜〜ら、バッキーちゅあん、お帰り〜〜お散歩行って来たぬぉ〜〜すぉ〜〜よかったわぬぇ〜〜」
 近所のババアはバッキーに抱きつき、やたらねちっこく話す。
「トミちゃんお疲れ。お散歩ご苦労様でした」と、大奥様は自分と馬が合うトミコをねぎらった。
「いいえ、どういたしまして。奥さん、わたしバッキーちゃんのこと大好きですから、散歩ぐらい少しも苦になりませんよ。ねっ、バッキーちゃん」
 そう言ってトミコはバッキーの頭を撫でた。そのとき私はちゃんと見た。トミコの手が伸びたとき、頭を引いて避けようとしたバッキーの怯えを。きっと今の散歩でもバッキーはトミコに、暴言を吐かれ尻を蹴られたに違いない。
 バッキー、トミコ、二人のババア、が工場から事務所に行こうとしたとき、工場長が仕事の手を止め近づいた。
「おおバッキー、散歩してきたか」
 そう言って彼は小太りのからだでバッキーに覆いかぶさった。そして、
「ハイハイハイ、ハーイハイ」と言いながら鼻息荒く腰を振る。
 工場長は日に何度か決まって雌犬バッキーにこれをやる。私は…… 言葉も出ない、ノーコメントとする。
「バッキーちゃん、みんなに可愛がられてほんと工場のアイドルね」と近所のババア。
「そうよ、みんなのアイドルよ。ねっバッキーちゃん」と工場のババア。
「バッキーは幸せもんね」とトミコ。
「クゥーン、クゥーン」とバッキー。
 私は…… 気が変になりそうである。
 そこに社長の弟である、40代離婚して独身の専務が、どこからともなくやって来た。彼は普段どこにいて何をやっているのか謎である。超零細企業にあって専務も何もあったものじゃない、気も私はするが、専務と呼ばれているから専務は専務である。専務が言う。
「バッキー、今から一緒にドライブ行こうか」

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