小説

『あなたはかわいい』渋澤怜(『手袋を買いに』)

「入れないわよ。かわいいんだから。それとも、ママと一緒に、こうなる?」
 大きな人間が、首にまきつけていたふわふわの黄金色の長いものをとって、子狐の目の前に持ってきました。それを見て、子狐の手足は再び冷たくなりました。そこには、狐の顔がありました。大きな人間が首に巻いていたのは、ぐったりとして動かない、大人の狐だったのです。
「あなたはまだ小さいけれど……、このくらい大きくなったら……うふふ」
 子狐はぞっとしたまま、ばたばたとでたらめに手足を動かして戸を蹴破って、一目散に外に駆け出しました。その背中に、大きな人間の声が、まるで子狐を追いかけるように、
「あんた、うちの手袋、つけてるんだからね! あんたの手は、人間なんだからね! あんたも、人間なんだからね!! あんたも絶対、うちの子になるか、そうじゃなきゃあんたの手は、あんたの母さんを殺すよ!!」

 子狐は、はっとして目を覚ましました。冬にもかかわらず、子狐のからだは、ぐっしょりと汗をかいていました。思わず両手を見て見ましたが、手袋ははめていませんでした。母さん狐は子狐を抱き込むようにして眠っていましたが、子狐が動くと目を覚ましました。
「ねえ、ぼく、手袋いらないよ」
「なあに、坊や。寝ぼけているの?」
「ねえ。ぼくって、かわいい?」
「かわいいわよ、坊や。かわいい、かわいい。あなたは、とっても、かわいい」

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