小説

『絶望聖書』柘榴木昴(『クーデンベルク聖書』)

 心臓の性感帯を舐める。心の奥底には感じるふくらみがある。そしてまさに心底欲しいと狙ったそれだけが心房の乳房を破る。コレクターとは集める者にあらず、触れる者である。そのモノに触れる指は、実はそのモノを透過して己が心臓の鼓動の中枢を愛撫するのだ。
 暗闇に光るペンライト。知の頂との別称をもつこの私大図書館に蔵書されている世界の活路――グーテンベルグ聖書が今、眼前にあった。
 この本は時代の扉であり時代の交差路に置かれた本だ。おそらく、最も人間にとって重要な意味を持つ本である。人類がただ人類であった時代を終わらせた本だった。私はこの本が人間を人間ならしめたと考えていた。
 濃いあずき色の皮表紙は四隅と中心に一つ、短い脚のように金具で装飾されていた。これは横に寝かせて保存されていたことを意味する。
 表紙に触れようとしたとき、手袋をしたままであったことに気付いて手袋を外した。この本には直に触れなくてはいけないのだ。これは芸術であり発明なのだ。見るだけではいけない。本当に本を読むということはその言葉に触れていくということなのだ。そのためには直に触れ、時代を、空気を、込められた情熱を拾い上げなくてはいけない。その時代の書かれた地点に飛ばなくてはいけない。だがそれ以上に私の心臓の奥底にうねる快楽が、はやくページを繰れと破裂せんばかりの心拍音を叩き出す。
 手を触れる。ざらりと冷たい1455年の肌触り。
 グーテンベルグ聖書。別名42行聖書。しかも目の前にあるのは現存する50部の、さらに保存状態がきわめて良好で一冊丸ごと形が残っている希少中の希少本だった。1ページ42行からなるこの本は、「写本のつくりを踏襲」している。
 ――そう、これは世界初の「活版印刷によって生み出された本」なのだ。いうまでもなく羅針盤と火薬、そして活版印刷はルネサンス期の、いや世界を前進させた記念碑的発明だ。15世紀のドイツ、マインツに吹く発展の風をこのグーテンベルク聖書はページごとにまとっているのだ。
 煮えそうな血流に流されるまま表紙に触れる。瞬間全身が天地ごと裂けるような戦慄が貫いた。なにか、何かがある。このグーテンベルグ聖書には人間が人間を通り越す何かがある。

「触れちゃあだめだよ。めくっちゃあだめだ。永遠に終わりはなくとも始まりはある。それはその最初の1ページだ」

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