小説

『完璧な子供』中杉誠志(『夢十夜・第三夜』)

「違う、違う! 私じゃない! 私は殺してない!」
 私は頭を抱えてしゃがみ込み、必死に叫んだ。私の子供を殺したのが、私であるはずがない。私は、なぜなら、そう、差別的な人間を、誰よりも憎んでいた。私の子供を異物のような目で見る人間たちを、憎んでいた。私を異物のような目で見る人間たちを、憎んでいた。私が殺すべき相手は、少なくとも私の子供ではない。
「私じゃない、私じゃない、私じゃない、私じゃない……!」
 息の続く限り、声の続く限り、私は叫び続ける。
 ――そんな夢を見た。

 目が覚めると、自分の部屋にいた。畳の上に敷いた布団に横たわって、私は天井を見上げている。私の隣では、今年で六つになる子供が寝息を立てている。五体満足で、ダウン症でもない、健常者。私の子供に障害はない。ハンディキャップのない、完璧な子供。出生前検査で異常がなかったから産んだのだ。でも、もしも検査で障害があるとわかっていたとして、私はこの子を殺していただろうか。……わからない。産む前に殺すのも、産んだ後に殺すのも、本質的には同じ気がする。だからこそ、自分がどういう行動をとるべきか、わからない。
 それにしても、いやな夢を見たものだ。みょうにリアルな感触を伴う夢だった。夢のなかで叫び散らしたせいか、喉がカラカラに渇いている。私は子供を起こさないように布団を出て、居間で水を飲んでこようと思った。
 が、襖を開けて居間の電気をつけたところで、子供が目を覚ましてしまう。
「おかあさん……?」
「ちょっと喉渇いただけよ。すぐ戻ってくるから、寝てらっしゃい」
 すると私の子供は、私を見上げて、こう訊いてきた。
「わたしをころすゆめでもみたの?」
 その顔つきは、夢で見たダウン症児のそれに、ぞっとするほどよく似ていた。

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