小説

『月を飲んだはなし』義若ユウスケ(『名犬ラッシー』)

「ついてなかったですね」とぼくは言いました。「まったくもってそのとおり」とおじさんもうなずきます。「君たちは私の命の恩人だ。なにかお礼をしないとね」
 ぼくたちは何度も何度も断りましたが、おじさんはかたくなにお礼をすると言ってききません。とうとう、ぼくたちは折れました。
「それじゃあ、何かしてもらいましょう」
「そうこなくては」
 おじさんはしばらく、あれはどうだこれはどうだと手を上げたり下げたりしながら右往左往していました。そしてとうとう、「うん、それはいい!」と叫んだのです。何かいいことを思いついたに違いありません。ぼくとポチは申しわけない気持ちでいっぱいでしたが、それでもやっぱり、すこしワクワクもしていました。おじさんはまず木の枝を集めて火を起こしました。炎がおおきく育つと、つぎに月のかけらを拾ってきて火の中に放ります。ぼくらがあっけにとられて眺めていると、銀の月は炎を注がれたようにみるみる黄金色に変わっていきました。それから十分ほどたったでしょうか、すっかりドロドロに溶けた月は炎をのみこんで、川のように流れはじめました。おじさんはかがみこんで、のらのらと歩みを進めていく月の川から黄金色の滴を一杯、木の葉にすくい取りました。
「さあ、月のジュースだよ」とおじさんは言いました。ぼくは恐る恐る木の葉を受けとると、ちょっとだけ飲んでみました。するとどうしたことでしょう、うわあ甘い、と思った次の瞬間、ぼくは空を飛んでいるではありませんか! おじさんいわく、「そりゃそうさ、君は空に浮かんでいるものを飲んだのだから!」
 ぼくが心ゆくまで空を楽しんでいると、いつの間にか、ポチとおじさんもぼくと並んで飛んでいるのでした。

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