小説

『月を飲んだはなし』義若ユウスケ(『名犬ラッシー』)

 ある日の夕方のこと、月がずいぶんうすっぺらに見えたので、小石を投げてみたのです。すると、こつんと、たしかな手ごたえ。えい、もう一つ。やあ、もう二つ。それ、もう三つ。いきおいづいてどんどん投げていると、ついに、月はパリンと音を立ててくだけ散ったのでした。
 美しい火花のように、月のかけらが夜空にきらきらと舞います。ぼくは大急ぎで駆けだしました、だって、月のかけらがひとつ、町はずれの山に落ちたのが見えたのです。ぼくのうしろでペットのポチがワンワンと吠えたてました。そう、ぼくたちは散歩の途中だったのです。ぼくはポチに、「ついておいで!」と言ってやりました。
 ぼくたちは息もきれぎれ、町はずれの山にたどり着きました。さて、月のかけらはどこに落ちたのでしょう。ぼくとポチは手分けして探しました。ほの暗い山のふもと、涼しい音をたてて山をつらぬく小川、小鳥たちがお喋りをかわす木の間、いろんなところを探しましたが、月のかけらは見つかりません。ぼくはポチと合流して山の頂上に向かうことにしました。「おーい、ポチ」と呼ぶと、ポチは木々のむこうからすぐに走ってきました。
 まったく、はじめからこうしていればよかったのです。山のてっぺんにたどり着くとすぐにぼくたちは月のかけらを見つけました。それは星空の下、野の花々にかこまれて白くぼんやりと光っていました。
「やったあ」とさけんでぼくは駆けだしました。しかし、月のかけらの前まで行ったところで、腰を抜かしてしまいました。月がしゃべったのです。
「おい、助けてくれ」と野太い、おじさんのような声で、月は言いました。「そこにだれかいるんだろう?」
あんまりびっくりしたので、ぼくは尻もちをついたまま固まってしまいました。しかし、ポチはちがいます。勇敢なポチはぼくがピンチだとみるや、ものすごい速さで走りだして月のかけらに体当たりしたのです。月のかけらはおおきな弧を描いて十メートルほど飛んでいきました。月のかけらはあまりおおきくない、小熊サイズだったのです。
「よくやったなポチ、えらいぞ」ぼくはポチの頭をなでてやりました。そして立ちあがろうとして、またしても腰を抜かしてしまいました。足もとで、「ありがとう、助かったよ」と声がしたのです。しかもそれは、さきほどの野太い声でした。
 今度はポチも驚いたようで、さっとぼくの背中にかくれてしまいました。おそるおそる足もとに視線を向けると、そこには小熊ほどの背丈の、人のよさそうなおじさんが立っていました。
「いやあ、ありがとう。望遠鏡で星を観察していたらとつぜん、月が爆発してね、かけらの下敷になっちゃったんだ」とおじさんは言いました。ぼくはポチと顔を見合わせました。ぼくの仕業だってことは黙っていたほうがよさそうだぞ、とぼくは思いました。ポチも同意見のようでした。

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