小説

『Born to Lose』広瀬厚氏【「20」にまつわる物語】

「竜二、テメエ!」俺は必死に頭を上げ、声をふりしぼった。目に入った血がかたまって瞼がうまく開かない。
「竜二なんて奴ここにいるか? なあ竜一くん」
「竜二、そんな奴知らねえな」と竜二の声がした。
「この野郎!」俺は、ふりしぼりにしぼって精一杯に叫んだ。
「おい、向こうから人が歩いてくるぞ」と、奴の仲間のひとりが言った。
「チエッ! 残念だけど裸のロッカーはかんべんしてやるか」
「しょうがねえな、まっ、行こうぜ」
 なんとか膝立ちし手の甲で目をこする俺に、奴らはふたたび打擲をくわえ、ケラケラふざけ笑いをしながら去って行った。
 少しして誰か近よってきて、倒れる俺に声をかけた。
「おい、どうしたんだ大丈夫か?」男の声だ。
「構わないで行ってくれ」
「…… だけどひどく血がでてるぞ」
「頼むから、ほんとに構わないでくれ」
 うっぷしたまま弱々しく俺が言うと、男は少し間をおき「そうか」と言って、俺から離れた。
 ボロ雑巾のように俺は、しばらくそこで倒れたままにいた。からだのあちこちが非常に痛む。だがそれよりも気分が滅入ってしかたない。情けない。遣る瀬ない。なんともミジメな有様だ。いっそ身ぐるみはがされて、とことん無様を世間にさらしたほうが、よっぽど吹っ切れて清々すると言ったような気もした。それにしても竜二の野郎! だが見ていないし、絶対に奴だって言う証拠もない……
 このままここに寝て朝を迎える気はない。俺はズタボロになった上半身を起こした。涙に濡れて血が流れ、どうにか目が開いた。立ち上がり、とぼとぼ歩きだした。財布は盗られたがタバコは盗られてない。くちゃくちゃになった箱からラッキーストライクを一本抜いて口にくわえた。ライターもポケットにあった。タバコに火をつけ、上を向き、くわえタバコのまま、俺は細い弦月の暗い夜空に紫煙を吐いた。月が煙にかくれた。

 1991年4月3日、俺はひとり部屋にいた。あの夜部屋に帰って以来一歩も外に出ていない。なにもやる気がおきず、ただぼんやりと過ごした。ベッドに横たわり、ジョニー・サンダースが今晩のライブで歌うだろう〈Born to Lose〉を、つぶやくように繰り返し歌った。負けるために生まれてきたのだろうか。すっかり自分がダメになってしまったように思えた。枕もとに置いた灰皿に吸いがらの山ができた。ビールの空き缶が部屋に散らかった。食べ終わったカップラーメンの容器がそのままテーブルにある。弦が切れたギターが寂しくスタンドに立っている。

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