小説

『Born to Lose』広瀬厚氏【「20」にまつわる物語】

 腰もとまで届くドレッドロックスを頭から垂らし、右の小鼻と下唇左端にピアスの穴をあけた女が、俺に話しかけてきた。
「あのぅー、祐介さんですよね。今晩のライブ最高でしたよ」
 とろんとした口調だった。
「どうも」と、俺は女に短く返した。
 頭を丸め眉を剃り、顔面から後頭部まで極彩色の曼荼羅のTattoo(曼荼羅ではあるが、どこか滑稽で抜けており、いかにも西欧的図柄だった)を施した男が、続けて話した。
「いま演奏してるバンドくそつまんねえもんで出てきちゃいましたよ。祐介さん達は今度いつライブやるんすか?」
 男は、いかつい見た目と違って、高い声をだし、ひょうきんな感じに話した。
「今のところ決まってない」俺は素っ気なく応えた。
 先の2人の後ろに目立たずいた、背が低く気の弱そうな、短髪を綺麗なグリーンに染め、青白い顔をした男が、
「祐介さんもどうですか」と大麻タバコを一本、シガーケースから出した。
「ありがとう。でもいいや、やめとく」
 俺が断ると青白い男はマリファナをシガーケースにもどし、病的に薄ら笑った。
 3人が階段を上がり夜の街に消えた後、俺は革ジャンの内ポケットからジョニー•サンダース4度目の来日公演のチケットを出し(これと言った特別な理由はないが、俺はそのチケットをいつも持ち歩いていた)薄暗い電灯に照らし眺めた。
 俺は、自分がやっているラウドでデストラクションなロックより、もっとこうシンプルなロックンロールがやりたくなっていた。とは言え、本物のロックンロールの良さはまったく解してなかった。そんな当時の俺にとって、ジョニー•サンダースのやる調子っぱずれでパンキッシュなロックンロールはドンピシャにはまった。そして奴の見た目が、とてもクールにイカして目に映るようになっていた。
 俺のやるバンドの評判は結構高かったが、この晩のライブを最後に解散させた。当分のあいだバンドは組まず、新たな方向性を自分なりに固めていこうと考えた。とりあえず俺はジョニー•サンダースのライブを楽しみに待つこととした。
 俺はダラダラ伸ばした髪を切り、乱れた感じのリーゼントにセットし、いで立ちをジョニー•サンダース風に気取ってみた。それまで聴かなかった、古いロックンロールやニューオリンズあたりのサウンドを、好んで聴くようになった。20才を1つ越え自動車事故で亡くなったエディ•コクランの歌う、20フライトロックが、20才の俺のお気に入りとなった。ロックン・ロールは、20世紀で最高の発明なんだ。

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