小説

『ニジュウアゴ』室市雅則【「20」にまつわる物語】

 二十アゴなのです。
 言い間違え、書き間違えではありません。
 蛇腹というか、アコーディオンの鍵盤でない部分みたいに彼のアゴは二十に重なり合っているのです。
 それに気が付いたのは、つい先ほど。
 自身の姿格好には無頓着で、鏡で自身の姿を見ることもない生活をしているため、そうなるまで全く気が付きませんでした。
 『何かかいーな』とアゴをさすった所、自身のアゴの奇異さを感知し、洗面所に向かって、初めてその姿を認識したのです。
 最初は、『これも人類の神秘』とか『ギネスに載るんじゃね』と悠長に構えていたのですが、宇宙を舞台にした壮大な親子ゲンカの映画のいちキャラクターを彷彿とさせる自分の姿に『やべっ』と焦り始めました。
 とはいえ、いきなりそれを解消することはできないので、ひとまず痒みを解消しようと一番手前の部分の谷間に手を突っ込みました。
 何かが張り付いているのが分かりました。それを人差し指の爪で擦るとパリパリに乾いた米粒が出てきました。
 この数日、麺か菓子パンしか口にしていなかったので、いつ食べたものか分かりませんでした。
 とりあえず、それが取れると米粒のせいで張り付いていた皮膚が離れて、十九アゴとなり、心持ちスッキリました。
 もしかして、それぞれの間に何かが挟まっているから、こんな風になっているのかもと思い、一つ一つを確かめることにしました。

 早速、二番目に指を入れると先ほどより、深く指が入りました。
 その間を擦るようにするとさらさらと黒い粉が落ちてきました。インドにいたチリチリパーマの不思議なおじさんの顔を思い出しました。
 何なのだろうと思いながらも、喉が渇いたので台所に向かって冷蔵庫からコーラを取り出して、飲み始めました。
 それじゃないの?とすぐに連想できそうなのですが、鈍い彼はまだ黒い粉の正体を探ろうと考え込んでいます。二口目を含んだところ、飲み方が悪かったのか気管の方に流れ込んでしまい盛大に咽ました。
 十九アゴに滴るコーラを手首で拭ったところで、『これや!』と何故か関西弁で呟き、気が付きました。
 彼はコーラを愛飲しているのですが、飲み方が下手なせいでよくこぼしてしまっているのです。拭い切れていないコーラが干上がり、砂糖だけが残って張り付いていたのです。

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