小説

『明暗絵巻』和織(『闇の絵巻』)

 どうしてそれをしてしまうのかと訊ねられたことに理由がないときは、恋をしているのと同じだと答えるしかない。それをしなくてはならない、或いはしなくてはならないと思い込んでいる、ただそれだけだ。どうしたって孤独であったので、闇の中に、見えない中にあるものを確かめたりすることで、自分を慰めていたのか、など、誰が知ったところで何の足しになるだろうか。
 山間の街道を照らしてくれるのは、常に、頭上に飛ぶ一匹のホタルくらいの光だ。その小さな光が希望のようであり、その小さな光のせいで闇が一層深まるようでもある。月はただ、景色を炭のグラデーションにするだけで、夜中にわざわざ闇を歩こうとする人間のことなど気にも留めない。何度も何度もこの道を歩いて、何度も何度も漆黒に戦慄し、それでも止めることができない。震える足はまた、闇の歌に導かれるように、そこへ舞い戻る。その日も私は、また同じことを繰り返していた。ときに誰かが通り過ぎる日常はあったものの、その男のように、私をあえて見つけようとした人は、それまでいなかった。
「こんばんは」
 足音と一緒にもう一つ、コツコツという音をたてて、その声の主は近づいてきた。私と同じく、明かりを携えていない。それがおかしいと思ったとき、私はやっと自分の行動の異様さを少し知った。
「どうなさったんです?こんな夜中に。道に迷われましたか?」
 その声は紳士的であったが、しっかりと警戒心を感じることができた。
「いえ、ただの散歩です」
「散歩?」
「この先の、療養所で世話になっている者です」
 何か疑われてはたまらないので、私は正直に自分のことを明かした。
「ああ、そうでしたか」
 男は安堵したような息とともにそう言った。そういう者になら、襲われるようなことはないとでも思ったのだろうか。男は歩調を私に合わせてきた。
「あの、あなたは?」
 私は男の方を見た。私より少し背が高く、短髪だ。そのシルエットが、一番濃い闇として傍にある。暗闇で唯一素敵なのは、人の顔を見なくて済むことだ。
「ああ、僕も、ただの散歩です」
「こんな、夜中に?足がお悪いようですが」
 コツコツという音は、杖の音だ。足が悪いのにこんな夜中に一人で出歩いているなんて、私より危ないかもしれない。
「ああ、これは、足が悪い訳ではないのです」
「はぁ」
「僕は全盲なのですよ」

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