小説

『鬼の目にも涙』本多真(『桃太郎』)

「かわいいべ~かわいいべ~。よし、オラ決めたべ。このあかんぼを育てるべ!」
「あ~う?」
「オメエの名はどんなんにすっべか……」
 大鬼は考えながら辺りを見回しました。 
「桃から生まれたから『桃太郎』! 今日からオメエは桃太郎だべ!」
「あうーー!」
 大鬼は嬉しそうに笑う桃太郎に顔を向け、
「よろしくな、桃太郎! 父ちゃんだぞ」
「あうあう!」

 大鬼は大変苦労しています。
 それはそうでしょう。
 桃太郎はあかちゃん、それも鬼ではなく人間のあかちゃんなのですから。
 そもそも、大鬼はあかちゃんを一度も育てたことがありません。
 夜鳴き、お漏らし、ご飯。
 一日中泣くのは当たり前で、桃太郎の父ちゃんになってから大鬼は一度もぐっすり眠れていません。
 目の下には、おっきな隈ができてしまいました。
 それでも、大鬼は一生懸命桃太郎の世話を頑張っています。
 それはなぜでしょうか?
「あうあーあうー」
「かわいいべなー」
 桃太郎の笑った顔が、とても可愛いからです。
 大鬼の指を、桃太郎がぎゅっと握ってくると、すごく愛しく感じられるからなのです。

 
 実は桃太郎に生活を変えられたのは、大鬼だけではありませんでした。
 鬼が島に住む全ての鬼が、桃太郎の夜鳴きに迷惑しています。
 鬼は強く、鬼の子も強い。
 だから、鬼のあかちゃんは滅多に泣かないのです。泣かないのは人の子だけなのです。
 桃太郎の夜鳴きに、困りきっていました。
「人間の子なんか捨ててこい」
「うるさくて寝れないの、なんとかして」
「鬼が人間のあかんぼなんて育てられるわけねーべ」
「桃から生まれた? そんなことあるわけねーべよ」
「なんとかしてけろ」

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