小説

『シンデレラ ドリーム』花島裕(『シンデレラ』)

 ああ、指先が痛い。
 今夜も赤くなって軽く腫れた指にキッチンから持ってきた食用油を塗りつける。掃除と洗濯、料理に小間使い、そして屋根裏部屋の寒さがシンデレラの体を着実に痛めつけていた。
 こんな生活嫌だ。
 なぜ、継母と義姉たちはシンデレラをいじめるのだろう。いや、いじめていると思ってはいないかもしれない。ただ、無賃で働く使用人ができて喜んでいるのかも知れない。あの人たちは暖かな風呂に入り、高湿度のクリームで全身をケアできるのだ。
「灰かぶり! シン・デ・レラ!」
 階下から聞きたくないがなり声が響いた。自由な時間は終わりだ。
「灰かぶり!」
 「はい! お義母様」
 「一度で降りといで。何度も呼んだよ」
 「……ごめんなさい」
 「今夜は冷えるわ。ハーブティを淹れてちょうだい。人数分」
 その「人数」にシンデレラは入っていない。いつものことだった。
 「はい、お義母様」
 シンデレラは時々考える。遠い遠い未来、遠い遠い異国に暮らせたらどんな気持ちだろう。
 家からも自由になって、好きなことを好きなようにやって。そして……
 「恋とかもするのかしら」
 壁に掛けられた絵画、在りし日の実父母の仲睦まじい姿はシンデレラの理想だった。

「新藤恵麻くん! 新藤くん!」
 「何ぼうっとしているんだね。書類はできたのか」
 小太りな男の人がプリプリと顔を赤くして怒っている。ああ、部長だ。細かい性格で気が短い。怒鳴ることが自分のアイデンティティだとでも思っているのだろうか。
「はい、ここにあります」
 恵麻は手にしていた書類を渡すと自分の席へと戻った。
 隣には二人の先輩、向かいの奥には係長が座っている。落ち着くことのできない牢獄のような席だ。
 業務自体は単純な事務だというのに、小さなミス一つで鬼の首でも取ったかのように怒る。そもそもミスをしたのは先輩が舞い込む仕事すべてを恵麻に押し付けてくるせいなのだが。

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