小説

『ようこそ! 二十番街へ』間詰ちひろ【「20」にまつわる物語】

「え……、なんだっけ? えーっと、あ! ダイレクトメールのやつ? 二十番地だか、二十番街だかっていうテーマパークの」
 キクコはどうにか起動しはじめた頭の検索窓に「昨夜 封筒」と打ち込み、どうにかあやふやな情報をひっぱり出した。すると九十九は少し、とがった声で
「すみません。場所の名称は、あまりおっしゃらないでいただけますか。一般人に簡単に知られていい場所ではございません。こちらは、本当に特別な、限られた方のみをご招待しております。」
 あなたは選ばれた人間ですよ、と言われたような気がして、キクコは少しだけこそばゆい気になった。しかし、この九十九という男が帰らない理由が分からない。
「あの、何か、私に用事があるんですか? お迎えって、なんですか?」
キクコがそう言うと、九十九はすこし顔を傾け、不思議そうな顔をした。
「おや、チケットをお読みいただいておりませんか? 本日お迎えに伺います、と表示されていたと思いますが」
 キクコはテーブルの上に置かれている封筒に目をやった。……なんか、めんどくさいことに巻き込まれてない? やっぱりインターフォンに出ないで、ムシしとけば良かったかな。そんなふうに、チラリと思っていたとき、九十九がこう告げてきた。
「こちらとしては、何時間でも待っております。貴女様をお迎えすることが、わたくしめの仕事ですから。本日、なにかご予定でもございましたでしょうか?」
 チクリ。
 そうだ。今日の予定は、なんにもなくなっちゃったんだ……。
 キクコは、心に刺さった針の穴から、風がぴゅうっと通り抜けるような気持ちになった。……ひとりでダラダラ過ごすのは、ちょっと辛いかもしれない。キクコの気持ちを読み取ったかのように、九十九は甲高い声で、こう言った。
「今日は、素晴らしい日になりますよ。ぜひ、御支度くださいませ」

 普段なら「ひとりで過ごしますから。帰ってください」と、はっきり断るのだけれど。彼氏と別れたばかりで、くさくさした気持ちがどうにも抜けきらないキクコに、「貴女は特別です」といった言葉が魅力的に響いていた。三十分ほど待ってくれるか、と九十九に伝え、出かけてみることにした。どうせ、家にいたところで、ダラダラと録画したDVDを観るくらいしか、やりたいことが思いつかない。せっかく「特別なテーマパーク」とやらに招待されているのだから、行ってやろうじゃないか。やけくそ気味に、そう思った。
 特別な場所だと言っても、テーマパークなんだし、動きやすい格好で良いかと思い、キクコは適当なジーンズとセーターに着替えた。小さな手提げのバッグに財布やスマホなど、必要な荷物を入れる。バッグには、別れた彼氏とのデート中に買ったサルのヌイグルミのキーホルダがぶら下がっていた。外して、ゴミ箱捨ててしまおうかと、ちょっと迷ったけれど、そのままにしておいた。可愛くて気に入っているんだし、このヌイグルミには罪はない。

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