小説

『わがままな人体』紫水晶【「20」にまつわる物語】

「反射ってあるじゃん?」
「反射?」
 健人は鳥の唐揚げを頬張りながら、目の前に座る梓の大きな瞳を上目遣いに覗き込んだ。
「そう。反射。今日ね、私、すっごい反射神経だったんだよ」
「へえ」
 興味なさそうに頷きながら、健人が鶏肉をビールで流し込んだ。
「ちょっと聞いてよ」
 またか……。と健人は溜息をつく。
 梓の話にはまるで内容がない。よくもまあ次から次へとくだらない話が出てくるもんだと半ば感心しながら、健人は焼き鳥の串をつまみ上げた。
「今日ね、信号待ちしてる時、隣の女子高生がスマホ落としそうになって……」
 こんな時健人は、耳だけが機能してくれたならどんなにいいだろうかと想像してみる。そうなれば、いちいち頭で理解しなくても適当に耳が聞いてくれ、それに見合った受け答えを口に指令できる。口は、その命に従って言葉を発すれば良いだけの話だ。
 その間自分は、心置き無く焼き鳥に専念できるという訳だ。
「ね、凄いでしょ?」
「あ、ごめん。何が?」
「ええ? ちょっと、今の話聞いてなかったの?」
「ああ、ごめん。考え事してた」
「なぁに? 私より大事な事?」
 梓が頬を膨らませる。
「いや」
 串を置き、おしぼりで指先を拭くと、健人は真剣な表情で梓の瞳を見つめた。
「これからどうしようかって、考えてた」
「もう。エッチ」
 ちょろいもんだ。
 健人は目の前で生娘のように俯いて恥じらう彼女を一瞬、蔑むように見下ろした後、その小さな耳に口を寄せ、「もう一杯飲んだら出ようか」と吐息混じりに囁いた。

 どうするもこうするも、結末は毎回一緒なのである。

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