小説

『オールドマン オブ マリッジブルー』伊佐助【「20」にまつわる物語】

 嫌だった事も傷ついた事も写真となった過去のすべては見返してみればどれもこれも良い思い出になっていた。誠司の笑みが途切れる事はなかった。一枚一枚アルバムをめくるたびに全てが昨日の事のように思い出す。おかげで田中の事は頭の中からすっかりと消えていた。誠司は過去の世界に没頭し、アルバムを見終えては次のアルバムへと橋渡りした。段ボールの中で縦積みされたアルバムは地層のように、掘り出せば掘り出すほど更なる過去へと遡った。

「これ、たしか今もあったはずだな」

 幼稚園時代の層を見ていた時、誠司はそう呟いた。写真の一枚には三歳の愛子と四十七歳の誠司。誠司はこの日の事も忘れていなかった。父の日で娘から手作りの花を初めて貰った日だった。赤と緑の折り紙で作られた花だ。セロハンテープいっぱいの花は花のようで花ではない形をしているが、誠司はそれを愛子の小さな手から渡されてとても喜んだのがこの写真にもしっかりと残されていた。

 花を渡しながら父に寄り添う娘。それを受け取りながら満面の笑みを浮かべる父。

 娘を手放したくない父。父から離れようとしている娘。

 今の状況と比較すればあの頃が天国のように思える誠司。

 誠司は再び立ち上がると今度は押入れの上段から様々な物を取り出しては畳の上に置き、ある物を奥から取り出そうとしていた。小さなクリアボックスである。誠司はそれを思い出ボックスとも名付けていた。中には愛子が幼き頃に描いた絵や手紙がいっぱいに入っている。

「あった、あった」

 あの花はあった。貼られたセロハンテープは黄ばんだが、それ以外はあの頃のままの花だった。ボックスから取り出して誠司は花を両手で優しく囲んだ。

「もっと大事にすべきだった」

 花は次第にかすみ始めた。

「ごめん、こんな場所に閉じ込めて」

 かすんだのは涙のせいだ。
 誠司は目を開けていられなくなった。
 誠司は小さくこう言った。

「佳子。愛子。私は、私はただ、あの頃に戻りたいだけだ。頼むから大事な家族を奪わないでくれ」

 しばらくして泣き止むと誠司は部屋の隅にある仏壇から花立を拾って台所へと向かう。花立の水を流しに捨てて布巾で水気を拭い去り、そこに愛子の作った花を入れて仏壇の前に戻ると佳子の写真の右側にそっと飾った。

 そんな日から愛子の結婚式の日までに約一年ほどあったのだが、振り返ってみればこの一年が一週間くらいにしか思えないくらい早く感じた。数日前から誠司は気分はすこぶる悪かった。それだけならばまだしも田中への恨み、そしてそれを超える殺意は日に日に増した状態で式当日を迎えてしまったのである。

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