小説

『あの家、この髪』大澤匡平【「20」にまつわる物語】

そのくせ、個性を謳う彼らに日々殴られる私は何を映せばいいのだろう。
見切り発車の夢、季節ごとの恋愛、駒を進めるための友人。その全てを憎み、その全てを欲する私が次第に大きくなる。人形を手にすることで、元の狭く暗い道に戻りたい。
入野との数日後に告白をした濱田登(はまだ)という運のない1つ下をそれに決めた。
浮気相手になって、とフラれた女からの突然の言葉にも濱田は無言で頷いた。濱田の部屋は、時代遅れのプラモデルに囲まれ、机には恐らく母が畳んであろうオレンジ色のパーカー。真ん中に座椅子が2つ。貧相に笑いかける人形。猫背でもって骨格も細いから、そんな不格好が可笑しい。
あいつの暴力も、お母さんがキクチさんへ妹の愚痴を吐いていること、妹がナカタニさんへ日々の努力量と苦労話を浴びせあっていること、入野に締められる性行為のこと、私が人形であること。都合の良いものは全て浴びせた。濱田が人形であるのを除いた全て。
私の人形は、とても優秀で浴びせられた言葉を跳ね返す事もなく落とす事もなく染み込ませる。おまけに、そうなんですね、と目を愛らしくさげて頷く。
家族にも、恋人にも。映らない“かどたゆう”と、その人形にさえ映らない“はまだ”この部屋には仲間ばっかりで、うんざりであり堪らなく嬉しい。

 

 
人形も浅ましく醜いもので、さっき手にしたまんまるい小石くらいの欲が、細く鋭くなり人を刺せるまでに形を変える。人形ながらも人間を試したくなった。
家に帰れば、顔にあいつの手が降ってきて、数十分後にはお母さんと妹が揃って頭を撫でつつ氷で頬を冷やす。所を図って去りゆく母娘は部屋に戻り、各々の恋人と戯れる。一人で済ます無味の夕食が、唯一の安息。
“テレビは馬鹿になる”とつまらぬ都市伝説に踊らされ、今やアンティーク。
捨てれば、なんて不必要な人形が言える訳も無く、57インチのアンティークを前に何かを咀嚼する。皿と体を泡で洗い落として、濱田の部屋まで自転車を漕ぐ。
見てもらえぬ人形が、手当たり次第に人形を作り、それが。

相変わらずの仲間ばかりの部屋で、人形が愚痴を投げつけ、人形が修行のごとく苦痛に耐え忍ぶ。なのに貧しい笑みに加えて、久しくなかった意思を発した。
「そんなに嫌なら、家でましょう。ね?」
気づけば夜風を切る自転車に同乗していた。日常と違うのは入野ではなく濱田、それだけ。秋風が鼻を痛いくらいに冷やして、何故だか胸をすとんて落とした。
枯れた葉っぱが車輪に踏まれ、僅かに後ろで音を立てる。
大通りには、腕を組んだり、手を繋いだり、はたまた笑い歩く若者ばかり。

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