小説

『あの家、この髪』大澤匡平【「20」にまつわる物語】

一番初めは、長女で産まれたことを後悔した。良い背中を見せられない自分に責任があるのだと。十字架を背負いきれない自分が罪なんだ。この家で起こる全ては自分が悪いと。
そんなの違った。髪の毛は妹やお母さんのする善悪に関係なく掴まれる。
次は、この家族に産まれたことを後悔した。あいつの遺伝子を持って息を吐くが為に縛られるのだと。
それも違った、のだが。一部だけ分かったような気がした。
あいつの目に反射してるのは娘ではなく、似てる顔を持つ人形だということ。
歳が一桁の時は、徒競走のように足並みを揃えようと星のついたスカートも二つ結びだって体験したけれど。二桁になってからは、太ももの痣と掴みやすい長い髪を隠すように深めのジーンズとショートカットに。
お母さんも、妹だって、心配してくれる。足音が遠のいた数十分後。
偽善だとか、そんなこと今はいい。心ない擁護も、軽い撫で方にさえ、私の声は震えそうになる。

中3の妹には、高3のナカタニケンジ(ナカタニくん)という県選抜にもなったバスケの上手い彼氏がいる。
五十路を間近に控えるお母さんには、29歳のキクチユウダイ(キクチさん)というあいつと職場が同じの不倫相手がいる。
端正な顔立ちは、お姫様のよう扱われ、裏では持ち運びされるブランドバックになる。見栄と快楽のために取引きされた鞄は、別のブランドから嫉妬の的へ。
思春期と同時並行に、友人は顧客となり、離れた顧客はクレーマーと化す。
それを知ってか、お母さんの同性の友人にも、妹のにも会った事がない。
真ん中の道に憧れがないわけでもないが、素人学生の芸事を見ているようで体が痒くなるから歩きづらい道を自ら選び、終いには慣れてつつある。
そんな私にも、入野征也(いりの)という半年の彼氏がいる。
入野さえ、彼氏の刺繍をつけたい顧客に違いない。
チャイムを背に受けながら指を絡め、切った風に彼氏の匂いを乗せた自転車、河川敷でワイシャツの隙間から肌に触れ、コンビニでお決まりの菓子と避妊具を買い、部屋で名目上の漫画時間、毛布に包まれ、そして果てる。皆が描く青春を舐めようと道を外れたが、そこには懐かしい無味がした。
入野は、舐めるのと噛むのを忙しそうにしては、耳元で息を荒くしては加減を知らずに体を締めた。聞き覚えのある名前に興奮の押し売りをして体を解くと、ティッシュボックスを土産に漫画時間に戻っていく。
バネの固いベッドには、股間を拭う人形がある。
滲んだ天井の先にふと欲が浮かぶ。“人形がほしい、私も。”
ぞんざいに捨てられるような、手の平で握り潰せるような、感情をもたない人形がほしい。
学校には、感情をもった人形が山をつくっている。行事になれば内心で遊戯会の延長にあざ笑う気持ちを押し隠して、集団美なんてものを最前線に置く。

1 2 3 4 5 6