小説

『あの家、この髪』大澤匡平【「20」にまつわる物語】

駅から家まで。そこには人間1人が通るのでやっとな20メートルの近道がある。
踏まれた雑草と踏まれゆく雑草の中、疎らに禿げた猫が驚かした人間に驚き、未来ある雑草に消えていく。
等間隔で漏れる電車の光だけが私を照らし、瞬く間に背の奥底へ。
この道が私は嫌いだ。汚い猫、尻尾の欠けたヤモリ、足元を動く虫。

2017年10月20日、天気–曇り時々晴れ。
時刻は20時05分、気温21度。湿度62%。
私−門田由宇(かどたゆう)、高2。帰宅部。彼氏1人、友達0人。
門田百合(いもうと)、中3。吹奏楽部。彼氏1人、男友達多量。
門田美英子(おかあさん)、中年。専業主婦。旦那1人、不倫相手1人。
門田誠(あいつ)、中年。公務員。
近道を抜ければ残り数歩にある家。
顎をあげれば鼻をつく秋の良い香りと空には濃い曇。そして、まんまるい月。中年を軽蔑したような、他人のセンチメンタルを載せたような、この月が私はたまらなく好きだ。

外様の評価用につけたハロウィンの電飾を軽く叩いて我が家へ。
雑草のついたローファーを踵から落とす間に、反自然なあいつの足音が近づく。
肩につかないほどの気に入りの髪は捻り掴まれ、計れぬ間に頬は冷え切ったフローリング。
なにやら、あいつが怒鳴ってる。今日も怒鳴ってる。きっと中途半端に伸びた天然パーマを毟りながら口を開閉させているのだろう。
慣れた罵声は耳を通り、脳で一時停止をして、耳から出る。
「お前は何回言えば分かるんだ。」そういえば、私はこの台詞を何回聞いたのだろう。
物心が始まる頃には、あいつの定位置は私の上だった。手を開いたり握ったり、声にならぬ悲鳴をつけて泣こうが、白目を向いて意識を飛ばそうが、怒りの下にある無表情が勝手の良いものを浴びせた。
中学の時には、垢の浮いた湯船に沈められたことだってある。髪の毛は便利な取っ手になり、沈める手を加速させ、濁り湯が喉を通る。
体が辛いのは、初めの5分間だけで。後は玩具になればいい、と気付いた。
足音が遠くなり、生温くなったフローリングには千切れた短髪と、茜色の水。あと、見覚えのある天然毛も。

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