小説

『20年前の君に』霧赤忍【「20」にまつわる物語】

「沢村亜沙美だけど……」
「じゃあ亜沙美だ。俺のことは晴一でいいから! ねえ、ご飯でも行こうよ!」
 興奮してつい声が大きくなった。
「いきなり食事に誘われても困るのだけど……」
「そこをなんとかお願いします! この通りです!」
 手を合わせて拝みながら頼んだ。やんわり断られたが、三回目のトライで二時間だけの条件付きで了承を得た。
 亜沙美がアルコールは飲みたくないと言ったので、俺も飲まずに居酒屋で話をした。
 俺が自分のことを包み隠さず話したら、亜沙美も堅苦しい態度を徐々に捨ててくれた。
 亜沙美は二十歳の大学生だった。趣味や特技などの挨拶レベルの話から住んでいる場所の話までした。ポケベルは持っていないらしく家の電話番号を教えてくれた。亜沙美のバッグから覗いていた美術本らしきものが、アイドル雑誌だったことにも親近感を抱いた。
 出会ったばかりだが俺は亜沙美に恋をしてしまった。
 二時間の予定だったが五時間以上話をした。閉店時間になり店の外に出たとき、俺は自分の気持ちを伝えたくなった。
「亜沙美! 俺と付き合ってくれ!」
「晴一君、あなたウーロン茶で酔ったのね?」
「酔ってない。本気だ。頼む」
 真剣な眼差しで亜沙美を見つめた。
「前にも似たようなことを言った人がいたけれど、付き合ってあげたら初デートで逃げられたのよ。そのことがショックで私は人と恋愛することは避けているのだけど、晴一君はどうなのかしら?」
「俺はそんな腰抜け男じゃない。安心してくれ。絶対に幸せにする!」
 亜沙美が迷っているように見えたので、「絶対に幸せにする!」ともう一度言った。
「そう。そこまでいうのなら信じてみようかしら」
 俺は嬉しさのあまり飛び跳ねて喜んだ。
 お互いの予定を加味して、一週間後にカフェで会う約束をして別れた。

 一週間後。約束の時間より早くついた俺は、綿密に練ったデートプラン表を見ながらコーヒーをすすっていた。しばらくして背後から肩をポンと叩かれた。
「ごめんなさい。待たせてしまったかしら」
 振り返った俺は女性の顔を見て言葉が出なかった。
「ホントごめんなさい。どのくらい待っていたの?」
(誰?)

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10