小説

『20年前の君に』霧赤忍【「20」にまつわる物語】

 世の中には信じがたい不思議な体験談がごまんとある。
 夢で見たことが現実に起こった、時間が巻き戻された、死んだはずの人が現れた、この他にも数え切れないほど存在している。
 俺はそんな話には懐疑的な見方をしていた。
 どうせ作り話だと高を括っていた。
 まだ二十歳だったあの日までは……。
 これは今から二十年前の話だ。
 高校を出て社会人二年目の俺は、休日はたびたび街中でナンパをしていた。
 俺の声のかけ方は、「ちょいとお嬢さん。俺、佐藤晴一(ハルイチ)。いきなりだけど君に運命感じちゃった。ほら見えるでしょ。ここに赤い糸が。ねえ俺にベル番教えて」だった。
 まだ携帯は普及しておらずポケベルの番号を、役者さながらの口調かつ小指を立てながら女性に訊いていた。
 今、思い出すと全身から鳥肌が立つが、当時は洗練されたトークだと信じて疑わなかった。
 だが結果はたいてい、無視されるか、鼻で笑われるか。
 ある日、侘しい結果に頭を抱えた俺は、コーヒーでも飲んでリフレッシュするためカフェに足を運んだ。
 そこに俺の人生を変える出会いがあった。

 会計を済ませた俺は二階の窓側の席に向かった。
 空いている席を探しているとき、コーヒーを持つ俺の左手がピクッと痙攣した。
 窓側の端の席に座る、黒髪が背中まである女性に目を奪われた。
 後姿から近寄りがたい美人の雰囲気を漂わせていた。事実、女性の隣は空いていた。
 俺は声をかけるため歩を進めた。
 情報入手のため横から近づいたが、近づくにつれ背筋をピンと伸ばし美術本らしきものを読んでいること、高めの鼻梁、色白の肌も窺えた。
 俺は無言で座り女性を覗き見した。俺の視線に気づいたのか、女性は本をバッグにしまうと俺を一瞥した。
 五十センチ程の至近距離で目が合った。ドキッとして俺が視線をそらしたが、綺麗な二重瞼の目元に心臓を撃ち抜かれたような気分だった。
 俺は覚悟を決めた。

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