小説

『The birth of the red empress』田中二三-(『赤ずきん』)

 オオカミが知性のある生物なら、この轟音の正体を探りに来るに違いない、と彼女は判断したのである。
 もし、それをしないのなら誰にも知られずに連絡を取り合うなどという高等な作業は不可能だろう、とも予想していた。
 つまりはオオカミの死などどこにも漏れていないことになる。
 赤ずきんは、広くて深く見通しの悪い、さらにオオカミの群れの住処である森の中、などという危険な場所を当てもなく放浪するつもりなど毛頭なかったのだ。
 やがて彼女の近くの木が不自然に揺れた。
 赤ずきんは声を張り上げる。
 姿を見せて会話を望む旨と、そして、それに応じない場合はそれ相応の報復を彼女は約束した。
 オオカミが乱暴者であろうと、多数であろうと彼女には大した問題ではない。
 姿を隠して様子を見に来た、ということはいきなり暴を働くほどの乱暴者でも、話を聞かない低能でも無いことの証明であり、さらにさきほどの轟音に他する警戒を示した態度は、轟音に対して警戒を必要とする、つまりは怯えている態度だ、と赤ずきんは判断したのだ。
 いきなりの脅し文句に音の主はさすがに驚いたのか、赤ずきんの前に姿を恐る恐る現した。
 一匹のオオカミだった。
 あの村で堂々闊歩していたオオカミとほとんど変わらない大きな身体と、凶暴そうな面構えを見て、それでも赤ずきんは動じない。
 そんな覚悟はとうにしているのだ。今更動揺するに値しない、と彼女は胸を張る。
 姿を見せたオオカミは、その姿に似合わぬ丁寧な口調で赤ずきん自身についてと、その来訪の意図尋ねてきた。
 あまりにも紳士的な対応に赤ずきんは若干面食らうが、すぐに気を取り直し、居丈高に自身の目的をオオカミに伝えた。
 例のオオカミによる殺人未遂についても言及し、彼女がオオカミに食べられた、と言う所で目の前の紳士的なオオカミはその眉をピクリとだけ動かして反応し、それ以外はほとんど無反応だった。
 それは仲間であるはずのオオカミの死について語った所で同じだった。
 あまりの無感情な対応に、むしろ赤ずきんは内心驚いたが、だからといってそれを表に出すことはしない。
 説明が終わると、オオカミはただ、そうですか、と言った。
 群れの仲間が死んだ割には、それに対する感想も、あるいは感情的な反応すらない。
 その点を不審に思った赤ずきんを察したのか、オオカミは丁寧な口調で事情を説明した。
 そもそも村の近くにいたオオカミは、群れの中でもはみ出しモノだったらしい。
 乱暴で粗野で身勝手な彼は、しだいに群れから避けられていき、また彼もそんな群れに嫌気が差したのか、いつの間にかいなくなったらしい。

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