小説

『The birth of the red empress』田中二三-(『赤ずきん』)

 その正気を疑うような狩人の呟き、あるいはその姿を見て赤ずきんは思った。
 普段だったら狩人を不憫に思うか、あるいは彼に対してなんらかの介護が必要だとも思ったかも知れない。介護を請け負ってもいただろう。
 だが、もう赤ずきんは、かつての彼女ではない。
 今の赤ずきんがもう正常でない狩人を見て思ったことはただ一つだった。
 こいつはもう使えないな、と。
 あまりにも人でなしの思考だが、しかし的を射ていたといえる。
 少なくとも、今のこの狩人を自身の身を守るために同行させるのは難しいし、さらに下手をすれば狩
 人の銃は自分に向けられる危険性がある。
 そのような人物と行動をするのは愚かだと赤ずきんは判断した。
 そう考えた後の赤ずきんの行動は早かった。
 彼女は壁に立てかけられたままの狩人の愛銃を素早く奪うと、その近くに放置された多数の弾丸などを手早く回収し、もうここには用はない、とさっさとその場から立ち去った。
 愛銃の姿が消えたからか、あるいは目の前から赤ずきんの姿が消えたからか、彼女が狩人の家から立ち去る際に、背後から男の低く調子の外れた叫び声がこだました。
 それは彼女の耳にも届いたが、だからといって、赤ずきんは特にどうとも思わなかった。
 赤ずきんにとって、使える道具は今手の中にあるのだ、それ以上のことはもう狩人には求めていなかった。
 旅支度を手早く終わらせた赤ずきんが早速、村の出口から出発しようとすると、村の男達が彼女の行く手を阻んだ。
 どうやら母親に自分の計画を話したことが、この事態を招いたらしい、と赤ずきんは冷静に考えた。
 なるほど自分の肉親もまた大して役に立たないな、とただ認識した。
 目の前の村の男衆は口々に、赤ずきんを止めるための方便を口にした。
 曰く、オオカミの死は群れには伝わっていない、それについて尋ねるのは、むしろその死を感づかせる愚かな行為だ、という主張らしい。
 赤ずきんは彼らの理屈を十分聞き吟味した後に、鼻で笑った。
 彼女には彼らの理屈は、ちゃんちゃらおかしかったからだ。
 目の前の人々は、オオカミの群れが目の前に来るまで怯える生活を選択する、とある種、公言しているのだ。
 相手が姿を見せるまで、相手が知っているか知らないかの分からない状況が続くというのに、未だに何の手も打たない呆れた連中だと、彼女は村人達をこき下ろした。
 彼女の指摘する内容を、きっと人々は分かっていた。

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