小説

『The birth of the red empress』田中二三-(『赤ずきん』)

 つまりは荒唐無稽、夢物語だということだ。
 だけれども人は、少ない可能性でもそれを行うべきだった、あるいは試してみても良かったのでは、などと口々に言う。
 あまりにも無責任な放言であるが、その方法がなかったわけではない、と自覚した狩人はそれを声高には否定出来なくなった。
 オオカミを問答無用で殺した負い目も、彼にはあったのだろう。
 しかも腹に石を込めて川に沈めるという残酷な殺し方を採用したこともまた、彼の口数を少なくした。
 住人の中から、そもそも赤ずきんと祖母をオオカミは果たして殺そうとしていたのか、という声も上がった。
 声の主は、生きながら人間を二人も丸呑みするのは食事の作法としてはあまりにも過酷だ、という。
 さもありなん、と思ってしまった狩人はもはや反論出来ない。
 食事ではないのだったら、なぜオオカミは自身の腹の中に赤ずきん達を納めたのか、という納得出来る説明がそこにないにもかかわらず、狩人は反論を諦めた。
 オオカミがどういう気持ちでその行為に及んだのか、それを正確に説明出来るものは、ただ一人、否、一匹だけだ。
 つまりは当のオオカミ本人だけ、そして、もう彼の口からそれを聞くことは永久に出来ない。
 死んでしまったオオカミは、もう喋ることはないのだから。
 事件から数日が経過した。
 未だに他のオオカミからの報復に恐れ、ただただ怯えて狩人を攻撃する人々。
 だがまだ村々は無事だった。
 数ヶ月が過ぎても、なんの音沙汰もない。
 未だに他のオオカミが目撃された、という話すら聞かない。
 もしかしたら、オオカミが所属していたはずの群れには、あのオオカミの死は伝わっていないのかも知れない、と人々は考えた。いや、信じた。
 オオカミが他のオオカミとどのように連絡を取り合っていたのか、ということも分からないのに、その死が伝わっていない、自分たちはオオカミの死の隠蔽に成功していると彼らは信じて疑わなかった。
 にもかかわらず、やはり不安は残る。
 村人たちの信心に保障などどこにもないからだ。
 だからいまだに村人達から口汚く赤ずきんや狩人は非難され続ける。
 余計なことをしなければ自分たちが不安に駆られることもなかったのに、と。

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