小説

『プラモ捨て山』中杉誠志(『姥捨て山』)

 他人の趣味には寛容なつもりだった。ダンナの趣味がプラモデル作りだということは結婚前から知っていたし、デートでホビーショップに連れて行かれたこともある。私自身はプラモになんてみじんも興味はないが、彼に恋をしていたころはなんとなく調子を合わせていた。
 付き合い始めて五年、結婚して三年も経てば、ダンナなんてときめきを感じる相手ではなく、互いに支え合うべき同居人でしかなくなるものだが、それでも私は、いまだに彼の趣味を尊重してやっているつもりだった。まあプラモなんてそう高いもんでもないし、自分の小遣いの範疇で楽しむなら勝手にしなさいと思っていた。
 家計の管理は専業主婦である私の仕事である。その家計を支えるのはダンナの働きだ。毎日毎日安い給料で朝から晩まで働かされて、家でまで好きなことができないなんて、そんな悲惨な話はあるまい。世の中には、ろくに働きもせず、博打や女にのめり込んで一家を離散させてしまうようなクズ男もいるという。それに比べりゃプラモくらいかわいいもんだ。
 私は、理解ある妻をやっているつもりだった。
 ところが、ある日の掃除中。
「……痛っ」
 ダンナの部屋に掃除機をかけていたら、足の裏に鋭い痛みを感じた。掃除機を止めて床を見ると、プラモのパーツが転がっていた。それを私は、誤って踏んづけてしまったのだった。片足立ちになって、痛みの根源に目をやれば、ゆで卵のようになめらかなかかとの皮膚が――いや、嘘はいうまい――枯れた大地のようなカサカサのかかとの皮膚が数ミリ裂けて、血がにじんでいた。
「……っっっはあぁぁ~~~っ」
 私はくそがつくほどでかいため息をついて、ダンナの部屋をあらためて見回した。プラモの山である。人型ロボットのものが圧倒的に多く、林立しているからプラモの林というべきかもしれない。八畳の部屋を六畳にまで狭める壁際のガラスケースに、これ見よがしに完成品が並んでいる。中身を完成させたなら外の箱や説明書は捨てちまえばいいのに、空箱は部屋の隅に積まれている。それだけなら、まだ許せる。問題は積みプラ。買ったなり組み立てもしないで未開封のまま積みっぱなしになっているもののことだ。あの野郎、月に一体ずつ作るか作らないかのくせに、なんで新商品が出るたびにとりあえず買いやがるのかね。
 私はダンナの趣味に理解のある妻のつもりだったが、それは実のところ、自分を抑えていただけなのだろう。恋人時代からいまにいたるまで、私の理解できない分野にハマる彼に、鬱屈した感情を抱えていたのだ。だってさあ。プラモに月五千円だか一万円だか使うくらいなら、ふたりでどっか遊びにいこうよ。一緒に映画観てウインドウショッピングして安いけどそこそこおいしいレストランでごはん食べたりしようよ。彼がそんな気の利いたことをしてくれる人間じゃないということは、もちろん知っている。それを承知で結婚したのだ。真面目で実直、ユーモアには欠けるがやさしい働き者の夫である。愛するダンナ様と呼ぶにはもの足りないが、同居人なら及第点。そう思って、いまのいままで理解ある妻を演じていた鬱憤が、かかとからにじみ出る血とともに噴出した。

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