小説

『王子がステキと限らない』檀上翔(『シンデレラ』)

「いままで何をしていたの。あんたがいなかったせいで、家が埃だらけだし、食事の準備もできてないじゃないか。さっさと、食事の準備をして掃除をおし。もちろん、あんたの食事は抜きよ。」
 帰り着くやいなや、豚のように太った義母から怒鳴られる。いつもだったら、二人の義姉もカラスのようにわめきちらすけれど、ガラスの靴に足を合わせようと踵や指を切り落としたせいで、いまはベッドから起き上がれない。
 シンデレラは、義母の言葉を受け流して、自分の部屋としている天井裏の納屋に入る。埃っぽい空気を逃がすために天窓を開けると、紙切れが落ちてきた。紙切れをベッドの上に置くと、ベッドの下から麻袋を引っ張り出す。
「これをどうしたらいいの?」
 ガラスの靴の片割れを麻袋から取り出し、ため息を吐く。調子に乗ったのがいけなかった。興味本位で舞踏会に行きたいと思ったこと、よりによって皇太子と一緒に踊ってしまったこと、慌てて靴を脱ぎ落してしまったこと、ガラスの靴など知らないと言わなかったこと。どれかひとつでも、違っていれば状況は変わったはずなのに。
 片割れを持っていくと、皇太子と結婚しなくてはならなくなる。いくらお金持ちで権力を持つ皇太子でも、愚鈍でほっぺが真っ赤な男と結婚するなんて嫌。要はこのガラスの靴がなくなれば、解決する。
 けれど、と聡明なシンデレラは思う。もし片割れを持たずに一週間後、お城に上がろうものなら、王家に噓をついたと厳しい罰を受けることになることはわかっている。
「どうしたらいいの、ライアン。はやく貴方がわたしを連れて逃げてくれなかったから。」
 ベッドに置いた紙切れを見る。ライアンからだ。
『今夜十時に時計台の前で。君のライアンより』
「ああ、ライアン、わたしの心と体はあなたのもの。わたしを救ってちょうだい。」
 義母の怒鳴り声が聞こえてきたので、慌てて靴を袋に入れ、リビングへ降りて行った。

 
 静まり返った星空の下、時計の鐘が十一時を告げる。鐘の音を聞きながら速足で家に戻るシンデレラの足取りは軽い。星のきらめきが彼女に微笑みかけているようだ。
「やっぱり、愛しのライアン。なんて素晴らしい男性なの。頭が良くて勇気がある。これでわたしは王子からも継母からも自由になれるわ。二十歳の誕生日にわたしは大空に羽ばたけるわ。」
 一時間前、シンデレラはいま自分の身に起きていることをすべてライアンに話して、助けを請った。ライアンは驚いた表情を浮かべつつも、いくらか時間をおいてから、こんな提案をした。
「まず片割れの靴が問題だよ。捨てれば王子から逃げられるかもしれないけど、誰も持っていないことがわかると、あの王子のことだ、王国中の家一軒一軒に兵隊を派遣して調べさせるかもしれない。だからといって君が靴を持っていくと王子と結婚しなくちゃいけなくなる。そこでだよ、ハニー。たしか、パン屋の女の子も最終候補に残っているんだよね。彼女は気立てがよいいい子だし、なによりもお姫様に憧れている。」

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