小説

『檸檬爆発』和織(『檸檬』)

 彼が檸檬を投げた。それは橋には届かなかったが、ころころ転がって、でも結局、橋の手前で止まってしまった。が、彼が「畜生」と声を上げようとしたとき、誰かの足に檸檬が当たり、それはまたころころと橋の上を転がり出した。
「よし、そこで爆発だ!」
 彼が叫んだとたん、あいつの後ろで檸檬が爆発した。
 黄色い煙と、またフレッシュで強烈な柑橘フレーヴァーが、彼らのところまで届いた。
「・・・どうなった?」
「橋というより、あいつのすぐそばで爆発したぞ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・ちょっと多くないか?」
「増えちゃったんだ。しょうがない」
「そう・・・」
 煙が晴れると、橋は元のまま綺麗に残っていた。しかし、あいつがどこにもいない。
「あいつがいないぞ」
「え?」
「まて、影がある」
「え、どこ?」
「ほら、橋の地面を見ろ」
「ああ・・・・・」
「影だけが歩いてるな」
「・・・本当だ」
「じゃあこれでもう、二度とあいつにお目にかかることはないんだな」
「そうだねぇ」
「それはそれでせつないような気もするな」
「え、何が?」
「だから、あいつさ」
「あいつって?」
「え?」
「誰のこと?」
「えっと・・・誰のことだっけ」
「誰って・・・・・誰だっけ?」
「まぁ、酒でも飲んでればそのうち思い出すさ」
「そう。そうね」
 彼らは檸檬の香りを纏い、またそれに自身も鼻を撲たれながら、香水瓶とびいどろと本に囲まれ、おはじきをして、煙管をふかして、それらを愛でながら、切子で酒を飲みかわす。永遠に。永遠に。

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