小説

『陰ーHer shoes』柳井麻衣子(『外套』)

そして、不安と同時にある考えが浮かんだ。
安貴は自分の足を見て、「なんてやっかいな足なのだろうか。」と暫く足を眺めては、頭を上げ、やや上を向き、ある決心をした。

靴屋でオーダーとなると大変な出費である。

「貴女のサイズに合った履きやすい靴を心を込めて作らせていただきます。」
靴屋は親切でいい気分になる。

安貴はどうにか15万円を貯める決意をしたのである。

20年間少しずつ貯めた500円玉貯金は7万円ある。それに今年は派遣会社から初めて寸志が出る予定である。

朝は水のみを飲み、昼はコンビニのおにぎり1つと80円のヨーグルト、夜は100円のパックの白ごはんに卵と醤油をかけて食べる。できるだけシャワーは短め、TVは付けないというような生活を安貴は続けた。

安貴はこの節約生活を楽しんでいた。

新しい靴のことを考えると、安貴はだんだんこの生活が楽しいと思えるようになったのである。
仕事が休みの日は靴屋の前を何度も通る。靴屋の人に気が付かれないように、何度も通っては自分の新しい靴について想像するのである。
寝る前には新しい黒く光った革靴を思い描き、気分よく眠りにつくのである。
そんな幸せな日々が続いた。

靴を買うと決めたその日から6か月が経った。
今日は大安である。

いつものように水を飲み安貴は出勤するのである。
いよいよ靴は靴の役目を果たせなくなっていた。安貴は靴を見て「今日で最後。今までありがとう。」と腹の底から感謝をした。
安貴は周りの目は気にせず、毅然とした態度で仕事をこなし、今日も安貴は定時に帰るが、その表情は生き生きしていた。18時になると同時に席を立ち、スニーカーに履きかえた安貴は走って靴屋に向かったのである。

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