小説

『光は揺れる』長谷川蛍

 謙介が嫌な顔をして離れたことで、空気に触れる体の面積が増える。
 ねぇおじさん。今も私は悩んでいます。
 急に別れを告げたら傷つくだろうからこのまま付き合ってみよう、こう考えるのは、自分がいれば幸せだろうと、どこかで思ってる傲慢な考えになってしまう。
 好きでもないのに付き合っているのは相手に失礼だから別れを告げよう。これは、相手のためにとか言って自分の罪を軽くしているにすぎない。別れるのは確かに自分のためなのだ。
 どうやっても自分の事しか考えられない。それなら、変に気をつかうのはやめよう。自分のために生きてみよう。そして、自分のために生きながら、それでもどうしても支えたい人がいたならば、それが友達だろうと恋人だろうと、全力でその人の力になろう。最初から、周りから出発してはいけない。自分から出発するんだ。
「謙介、別れよう」

 人は二十歳を大人だという。それに対して、大人であるか否かは年齢によって決まるものではないという人もいる。苦しかったら泣いてもいいんだよという人がいる。涙に逃げるなという人もいる。逃げてもいい、逃げてはいけない。信じていい、信じてはいけない。
 神様、私に一本の糸を垂らしてください。きっと私は、その糸にしがみつき、後からその糸を辿ってくる人を必死で蹴落とそうとするでしょう。そしたら残念な顔をして神様はその糸を切ってしまうかもしれませんね。でも、それが本当に善悪の基準なのでしょうか。神様はそう信じておられるのですか。私はその善悪すらもわかりません。
 神様は人が作り出した善の結晶であるのだろう。でも、その善悪すら曖昧なのだから、神様に確かな形はきっとない。
 私は揺れる。どこまでも揺れる。
 この揺れはいつか収まるのだろうか。二十歳の私には、まだよくわからなかった。

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