小説

『光は揺れる』長谷川蛍

 コンビニから五分ほどで家に着き、前を歩く謙介の背中を見ながら彼の部屋に向かった。
 私がドアをしっかりと閉めるのを確認して、謙介は私を強く抱きしめた。
「本当に心配したんだからね。ひかりに何かあったのかもって」
 『ひかり』じゃなくて、『所有物』を心配していたくせに、と心の中で毒づく。謙介は私が傷つくことではなく、自分の物が侵されるのを嫌う。
 男のこういうところが嫌いだった。人を気遣うようで、内心自分のことしか考えていない。可愛いねっていうのは、女の子に向けてじゃない。女に可愛いって言ってる自分が一番可愛いに違いないのだ。
「ごめんね」
 でも、こうやって冷めきった愛を捨てられない自分が一番嫌いだった。悩んで孤独なふりをして、ヒロインを気取る自分が大嫌いだ。安定という甘美な毒に浸かりながら、その毒を非難する。なんてずるいのだろう。
 長い間続いた抱擁は、ゆっくりと解かれた。謙介の方を振り向くと、再び力強く抱きしめられ、顔が唇を媒介にして繋がった。
 その腕、熱い唇、そして私の大きくない膨らみを押しつぶす胸から、彼の持つ欲望が伝わって来る。この胸を刃物で貫いたら、積み重なっていた欲と期待が血となって流れて消えはしないだろうか。私の脱いだ服で首を絞めれば、行き場の無くなった血が逆流して、それとともに欲望も体のあちこちに戻ってくれはしないだろうか。
「疲れてるのはわかるけど、本気で好きだから我慢できないんだ。いい?」
 謙介が耳元で囁く。
 何が人は理性を持つ生き物だ。欲望に振り回されっぱなしじゃないか。本気で好きだから我慢できない? いや、本気で好きなら我慢しろよ。やりたいだけだろ。格好つけんな。まだ、やりたいって言われた方が、「今日はダメだよ」とか笑って言って、明るく拒否できていい。
 私の内側では不満と怒りが勢いよく混ざり出していた。この人は私が何に見えているのだろうか。女という皮を被った、モノに見えているのだろうか。何にせよ、このまま抱かれるのは嫌だった。
「今日はちょっと。本当に疲れちゃってさ」
 そう言った時、甘く熱っぽかった顔は、一瞬で冷めきった表情へと移り変わった。
 私がいけないの? 本当の愛があれば私は受け入れたのだろうか。そうなのかもしれない。周りの友達はみんなそう言う。
 何で謙介と付き合っているのだろうか。顔は確かにいい。頭も良くて、合理的。将来性には、はなまるが付く。でも、私は熱くなれない。何でだろう。
 多分、もっと本能的で、感情的な部分なのだろう。ああ、さっき我慢しろよとか言ったけどそうじゃないんだな、と思った。きっと本気で愛し合ったら、理性的な境界線を超えて、本能で舞い踊るはずだ。

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