小説

『光は揺れる』長谷川蛍

 突然話しかけられたせいか、返事をした自分の声は想像とは違っていた。自分の声がこの場に馴染まず、浮遊している。声を自分の元にたぐり寄せるために、続けて口を開いた。
「だけど外で煙草を吸うにはありがたいですよね」
「確かにね。でも珍しい、今どきこんなに可愛いお嬢ちゃんが煙草なんて。ああ、こういうこと言うと、また女性がなんたらと怒られてしまうか」
「いえ、私も隠していますし、それにもうお嬢ちゃんという年でもありませんよ」
 気づけば二十歳も超えていて、お嬢ちゃんと言われるのは少し気恥ずかしい。
 吸い殻を携帯灰皿に押し込み、二本目に火をつける。あまり人前で吸わないようにしているが、こうやって吸い出してしまうと際限がなくなってしまう。
 おじさんは何も言ってこなかったが、ライターを載せておじさんの方に手を伸ばした。おじさんは曖昧な笑顔で頭をかきながら、それでも受け取って二本目をくわえた。
 不思議だ。さっきまでバイトで走り回り、終電に乗るためにまた走り、最後に彼氏の家に向かうために走っていた私が、なぜか今は知らないおじさんと二人、黙って煙草を吸っている。だけどこの静寂は、何の意味を生み出さないこの時間は、どうしてか私を惹きつけ、心の平穏をもたらしていた。 
 二十歳になった私は、目の前に見えてきた社会の扉と、後ろから圧迫してくるこれまでの日々に挟まれて、身動きが取れなくなっていた。もう過ぎ去ってしまったはずの時間は、私の行動一つ一つに「これでいいのか?」、「あれはもういいのか?」と執拗に問いかけてくる。放っておいてくれと思う。だけど、同時にこれからどうしたらいいのか尋ねたくもなる。だが、見たくない時には迫ってくるのに、助けを求めて手を伸ばすと、その手はひらりひらりとかわされてしまうのだ。
 隣に目をやると、おじさんの手にはまだ煙草があった。もう灰の方が長くなっている。それでも、無聊を慰めるために吸っている私とは比べものにならないくらい、おじさんは煙草を美味しそうに吸っていた。その様子を見て、私はどこか優しげな雰囲気を纏っているこの人に興味を抱き始めた。
「おじさんは何してるんですか? もう零時を超えているのに、こんな時間に郵便配達っておかしい気がするんですけど」
「うーん、おかしいと言われてもね、今渡さなければいけないもので、それを運ぶのが私の仕事だから。お嬢ちゃんは何をしているの? 散歩かな? それにはあまり適した時間ではないと思うけど」
「違いますよ。彼氏の家に向かってて、今は休憩中です」
「へぇ、こんな時間から彼氏かぁ。若いっていいねぇ」
 私の声と、おじさんの声。時々遠くを走る車の音。風が周囲で沈黙を保っていた木々の梢を揺らし、その際に透き通った声をあげる。月の周りを薄い雲が囲み、どこかの姫を迎えに一筋の光芒が道を生みだす。

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