小説

『←2020』西荻麦

 この文字を書いたのが男なのか女なのか、年上なのか年下なのかもわからないのに、自分には何かあると信じている若者のような気がして、私はひどく腹を立てた。
 カップ麺から荒らしていった無計画な馬鹿も、きっとこいつだ。

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 宇宙人かなあ。パパもママもおじいちゃんもおばあちゃんも、ららちゃんもみなとくんも、いつもでんちゅうにかくれるのらねこも、みんな宇宙人に連れていかれたのかもしれない。
 おじいちゃんが青汁をのんだような顔をして言っていたっけ。あいつらは宇宙人だって。
 ぼくの学校の金ぱつの先生にも、近所に引っこしてきた黒いはだの友だちにも、たいりょうにおみやげを買うかんこうきゃくにも、おじいちゃんは冷たかった。あいつらは宇宙人だ。あいつらの考えてることなんてさっぱりわからない。
 ぼくはおじいちゃんの考えてることがさっぱりわからない。じゃあ、ぼくも宇宙人だったのかなあ。もうすぐ始まるはずだったお祭りにも、おじいちゃんはつばをとばすばかりだった。けっきょく始まる前に息を止めてしまったけど。けっきょく始める前に、みんな終わってしまったのだけど。
 色とりどりのかみの毛、肌、目。何を言っているのかわからない、ありとあらゆることばたち。それらがあつまって、とびはねて、泳いで、走る。そんなうつくしい景色を、ぼくはおじいちゃんにかくれて一人でわくわくきたいしていた。
 始まりまであと少し。カウントダウンに入ったところで、仲間はずれがいることに気がついた。おじいちゃんの冷たいしせんの先にもいない、お祭りに参加もできない、じつは地図にものっていない、そんな宇宙人がいるってことに。
 そうしたらむねのドキドキは落ちついて、目の前がまっ白になって、ぼく以外だれもいなくなった。
 頭の中をはてなマークがうめつくしてパンクしそうになったとき、よくママが連れていってくれたコンビニに行った。のどがかわいたので、ふだんは買ってもらえない緑色のジュースをのんだ。すきとおったさわやかな色味は、ぬるくなっていてまずかった。
 ごみばこの近くに手紙みたいなものを見つけた。ひっせきからして大人だ。漢字の多さからして大人だ。ぼく以外にもだれかいるのだ。
【世界が手と手を取って一つになって、計画性を持って、この窮地を脱しなければいけません】
 いちばん下に書かれている文は、まったく読めない。どんな人が、どんな宇宙人が書いたのだろう。
 まだ会ったことのない宇宙人は、きっと未来のぼくたちとよくにている。

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