小説

『←2020』西荻麦

 着色料のおかげで鮮やかな色味のジュースを飲みながら、僕はみるみる大人になった。あの手紙に書いてあったことを時折思い出したり、まるで忘れてしまったりしながら、天災や人災を横目で見て素通りしてきた。
 僕は選ばれし者ではなかった。選ばれし者より先に、未来からのメッセージを奪ってしまった人間なのだ。
 これから過去へ届くことを祈りながら、僕もタイムカプセルを試みる。僕のような人間にだけは届かないことを願う。傍観してきた二十年間なんかより、はるかに恐ろしい未来に僕はいる。たった一人で。
 そう、二〇二〇年現在、この地球に生命体は僕しかいない。だから未来に手紙を宛てても仕方がない。過去に宛てて、時空のねじれに乗って、常識の隙間を縫って、警鐘を鳴らすしかないのだ。

                    ○

 何が原因だったのか、あたしにはさっぱりわからない。ところどころ瓦礫の山と化した一帯を見れば地震が発生したのかと思う。コンクリートに溜まった血だまりを発見すると、凶悪な犯罪者が大量殺人を犯したのかとも思う。ビル群が無傷で林立したまま静まり返っていると、人間だけ息絶えてしまうウイルスでもばらまかれたんじゃないか、そういう新兵器で狙われたんじゃないか、世界の国々に、あるいは地球外生命体に。
 考えれば考えるほど現実味のない、突拍子もない発想ばかりが湧いてくる。笑い飛ばしてくれたり怒ってくれる人もいないのだ。あたしは独りぼっちだった。
 元から独りぼっちだったよね、と言われればそれまでだけど。周りに誰かがいて独りなのと、周りに誰もいなくて独りなのは違う。うまく説明できないけど、違う。誰もいないなら独りに決まっているのだから、言い訳もしなくて済む。いい人がいないんです、とか。特にあせってないんです、とか。 
言い訳に気を遣わなくてもいいのなら、今の状態のほうがいいってことになる。ううん、それは違う。さすがに地球上に独りぼっちはまずい。これもうまく説明できないけど、絶対にまずい。だって子孫とか残せないし。未来がないし。
 なんてプレッシャーも感じなくていいのか。独りぼっちなのだし。
 ただ、独りは退屈だし、正気を保つのが難しくなってくる。話し相手が欲しい。誰でもいい。あのとき確かに目の前が真っ白になって、あたしの目がおかしいのかと思ったけどそうじゃなくて。上司も同僚もすべて白に覆われてしまうような、強烈な光が差しこんできたのだ。
 そして気がついたら、独りぼっちになっていた。あの光は何だったのか。それを話し合う相手が欲しい。食糧確保も兼ねて、今日はあてもなく歩き回っている。
 足が棒になってきたころ、あたし以外に別の人間がいる、という確信を得られた。無人のコンビニのドア付近、書きかけの手紙が落ちていた。
【これは未来からの手紙です】
 書き出しはそんなふうにつづられていた。

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