小説

『20歳のぬかどこ』平山美和

 お姉ちゃんがおばあちゃんにぬか床の文句を言っている声が聞こえた。普段は全く気が合わないけれど、ぬか床の臭いに関してだけは、お姉ちゃんと唯一気が合うところだよなぁなんて呑気なことを考えていると、ビタミン剤を手にしたお姉ちゃんがリビングに入ってきた。
「げっ。何であんたがいるわけ。」
 お姉ちゃんは嫌そうな態度を隠しもせずに、夏帆に向かってそう言った。
「休みの日ぐらい居たっていいでしょ。」
 夏帆は特に気にした様子も見せず、漫画に目を向けたまま答えた。
「まぁ、いいけどさぁ。それよりもあんた20歳になったんだし、そろそろメイクとかしたら?最近肌も荒れてきてるみたいだし、最低限のお手入れはしたほうがいいよ。」
 美容マニアのお姉ちゃんは、特に肌の手入れもしていない夏帆のことが気に食わないらしく、最近では顔を合わせる度に肌の手入れがなっていないだのメイクぐらいしろだの口煩く言ってくる。正直お節介だ。だから夏帆は、皮肉を込めてこう返した。
「平気平気!お姉ちゃんと違って肌荒れなんてすぐ治るもん。まだ若いからさ。」
「なんですって!?あんた、わたしと3つしか違わないでしょうが!」
 お姉ちゃんは相当ご立腹のようで、鬼のような形相で睨み付けてきたかと思うと、無理矢理夏帆の読んでいた漫画を取り上げた。
「言っとくけど、あんたなんかよりおばあちゃんのほうが何百倍も肌キレイなんだからね!若いからってなめてると痛い目に合うよ、覚えときな!」
 お姉ちゃんは最後に捨て台詞を吐くと、ドスドスとした足音を鳴らしながら自分の部屋へと戻っていった。
「何百倍も肌キレイって、それはさすがに言い過ぎでしょ。」
 でもお姉ちゃんの言うとおり、今年82歳を迎えたおばあちゃんの肌は誰よりもキレイだ。
「おばあちゃんが肌の手入れしてるとこなんて見たことないけどなぁ。ぬか床の手入れなら毎日してるけど。」
 静かになったリビングで一人呟くと、先程のぬか床の臭いを思い出して苦笑いした。

 成人式の日が近付き、肌寒くなってきたある日、リビングのソファに座りながらお姉ちゃんと近所の人から貰ったお菓子を食べていると、突然携帯が鳴った。
「夏帆久しぶりー!元気にしてた?てか成人式行くよね?一緒に行くよね!」
 相変わらずのマシンガントークで元気よく電話を掛けてきたのは、近所に住んでいる親友のすみれだった。すみれとは、幼稚園から高校までずっと一緒に居た幼馴染だが、別々の大学に入ってからは、学校にバイトにとお互い忙しく、ラインで連絡は取り続けているものの、久しく会っていない。

1 2 3 4 5 6 7