小説

『20人格』佐藤邦彦

「モデルのいない二つ目の人格ですね。共通点は意味不明な言動ですね。続けて下さい」
「次はアンヌという中年女性ですが、全人格の中で女性はこのアンヌと前に話したエリカとロッテの3人だけですが、この3人はそれぞれ知り合いらしく、アンヌは良く2人の噂話をする様なのですが、不思議な事に3人で外出したりもするそうです。例えば動物園や映画館だと、1人分のチケット代で3人が入場できるので得だと喜んでいるそうです」
「それは記憶の共有ではないのですか?」
「記憶ではなく体験を共有しているそうです。このアンヌですがフェミニストでして、結婚していないのも結婚制度に疑問を呈している為との事です。思い当たる人物としては妻と結婚する前に交際していた女性が近い気がします」
「分かりました。続けて下さい」
「次にザハブという人格ですが、とにかく尊大な人格だとの事です。食事中にナイフを落としても自分では拾わず、私の妻に拾わせた上に手料理の味付けにまで、ああだこうだと注文をつけるそうです。以前の上司を連想させる人物です」
「それは酷い。ところで、あなたとこうして話している間にも突然あなたが消えて、他の人格がカットインしてくるおそれはないのでしょうか?他の人格は中々個性的な様なので」
「医者、その心配はありません。あなたと話している限りは他の人格は絶対に現れません。それは医者もご承知のはずです」
「失礼。そうでしたね。では続けて下さい」
「次はカビールという人格ですが、非常に小心な男で、いつも突然現れた事を謝るそうです。先日も私が食事中に意識が入れ替わり、妻に平謝りしながら手料理を驚く事に全て平らげ、食器まで洗ったそうです。思い当たる人物としては以前失業中だった時の私自身です」
「自分自身ですか?分かりました。続けて下さい」
「次はパオロという人格ですが、この人物も会話が成立しづらい人格で、乗り換えられた。乗り捨てられた。運転手がいなければ存続できない。といった意味不明な事ばかり呟いているそうです。思い当たる実在の人物はいません」
「分かりました。続けて下さい」
「次はマサカドという人格ですが、何事に対しても常に自信満々だそうです。先日は自信満々に手の込んだ古代地中海料理を作ったそうで、意識が戻った私も食べてみましたが、有り得ない程の不味さでした。思い当たる人物としては、妻が男になった感じでしょうか」
「奥さんが男に、ですか…。分かりました。続けて下さい」
「次はポチという人格というか…」
「ポチですか?」
「えぇ。人格というか犬格と言いますか。ワンとしか話しません。これはもう以前飼っていた犬しか思い浮かびません」
「分かりました。それにしても犬ですか。狐憑きなら聞いた事もありますが。どうぞ続けて下さい」
「次も人格というか、猫格というか。タマと言います」

1 2 3 4 5 6