小説

『20人格』佐藤邦彦

「まったくの無です。自分では分からないうちに突然意識が途切れ、他の人格と入れ替わり、また意識が一切の躊躇なく突然目覚めるのです。完全なオンと完全なオフしかないのです」
「そうですか。フェードインもフェードアウトもなく、常にカットインとカットアウトという訳ですね。ではすべての人格を教えて下さい」
「えぇ。しかし医者。私自身他の人格についてはまったく認識していないのです。あくまで妻や知人から聞いた話だという事はご了承下さい」
「分かりました」
「実際不思議な感じですよ。自分自身の事なのに、他の人格については妻や知人の知り合いとしか思えないのですから。医者、妻も同伴した方が良かったですかね?」
「そうですね。可能であれば次回からはそうして下さい。奥様からも色々伺いたいので」
「分かりました。次回からはそうします」
「お願いします。では20人の人格について知っている範囲でお話下さい」
「えぇ。最初に、先程申し上げたリックとエリカ夫妻についてお話します。夫のリックは大声で良くつまらない駄洒落を言い自分だけに受けるというタイプで、気は良いのですが、多少気配りに欠けるそうです。妻の手料理を食べた時も正直な感想を述べたそうです」
「それはそれは」
「対して妻のエリカですが、これが非常なお喋りで、そのお喋りのほとんどが夫であるリックの悪口だそうです」
「よくあるパターンですね」
「えぇ。私もそう思います。医者、今医者に話していて初めて気が付いたのですが、この夫婦は私の祖父と祖母にそっくりです。まぁ、そうは言ってもステロタイプな夫婦ですから偶然かもしれませんが」
「祖父母に、ですか。もしかしたら意味があるのかもしれませんし、ないのかもしれません。他の人格について話して下さい」
「分かりました。そうですね、次はマイケルとロッテ夫妻についてお話します」
「また夫妻ですか?」
「えぇ。また夫妻です。全人格の中で夫婦はこの二組だけです」
「分かりました。話を続けて下さい」
「まず、夫のマイケルからお話します。このマイケルなる人格は驚くほどの短気だそうで、この人格が出現するのを妻は本当に嫌がっています。先日も妻の手料理をかなり激しく罵ったそうです」
「罵ったのですか?しかし奥様はマイケルさんとは他人なのですよね?」
「えぇ。マイケルにとっては噂に聞いている第一人格である私の妻という認識しかなく、彼にとっては他人です。その妻の料理を罵るのですから、かなりの短気と言えるでしょう」
「短気というか、人格破綻者の様な気もしますが………」

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