小説

『石太郎』佐藤邦彦(『桃太郎』『竹取物語』『浦島太郎』)

 「こいつは俺の家来で石太郎。ドマイナーな昔話の主人公だとさ」
 「主人公・・・。この存在感のなさで・・・。そりゃマイナーなはずだわね」
 「は、は、はずめますて。お、おら、石太郎といいますだ。まさか物語界のダントツナンバーワンヒロインのかぐや姫さんにお会いできるとは思ってもみねがっただ」
 石太郎が憧れの眼差しをかぐや姫に向けます。当然自己顕示欲と虚栄心の塊である桃太郎は面白くありません。
 「さっ石太郎もう行くぞ。かぐや姫、俺たちゃ先を急ぐんでな。じゃーな」
 その場を立ち去ろうとします。
 「ちょっと待ちなさいよ。桃太郎にモブ太郎。あなた達これから鬼退治に行くのでしょ。私にはお見通しよ。だって桃太郎っていったら鬼退治くらいしか能がないものね。仕方ないわね。これも他生の縁。ヒロインとして私も同伴してあげてよ」
 「このアマ!吐かしやがったな。俺様が鬼退治しか能がないだと!それじゃ貴様にはどんな能があるってんだ!物語を面白くしたのも手前ぇじゃなく、手前ぇに振り回された間抜けな野郎どもだろうが。えっ違うかい」
 「もっ、桃太郎さん。ダントツナンバーワンヒロインのかぐや姫さんに失礼ですだよ」
 「何だと!石太郎、手前ぇは誰の家来だ。主人の俺が虚仮にされてんだぞ。本来なら俺より先に手前ぇが怒るべきじゃねえのか!」
 「だども。こんな綺麗な人を怒るだなんて・・・。桃太郎さんみてくんろ。かぐや姫さんの美しさを。まるで・・・」
 「待って!私の美しさを形容しないで」
 かぐや姫、突然大きな声を出したかと思うと、桃太郎と石太郎から視線を外し、キッと虚空を睨み、読者であるあなたと目線が合ったのを確認し語り始めます。
 「普遍的な美女というものは存在しません。いえ存在し得ないのです。これはもう歴史が証明している事で、平成の美女と平安時代の美女では随分と違うし、国や地域によっても違います。例えば現代の日本で美女と言われている人が300年後のムルシ族にとっても美女かというと、そんな事は多分なくて、むしろ不美人の範疇に入る可能性の方が高いでしょう。また、個々人によっても美女の定義は異なります。しかし、しかしなのです。美女のアイコンとして存在している私は、どの様な時代、どの様な地域、どの様な個人にとっても時空を超えて絶世の美女であり続けなければならないのです。極端に言えば地球外生命体にとってでさえです。と、なればです。私の容姿については、美しいや綺麗という抽象的な形容以外はあり得なく、顔立ちがどうとか、痩せているの太っているのもなく、究極的には手が何本とか、足が何本というのも読み手次第で変わればいいのです。この話を読んでいるあなた方それぞれが、アイドルでも女優でも漫画の登場人物でも初恋の相手でも誰でも構わないから、一番美しいと思う人の姿かたちを当てはめればいいことなのです。つまり、読者の数だけの私が存在するのです。いいえ、読者も月日が経てば美女の定義が変わる事も考慮すれば、読者の数以上の私が存在するのです。無数の私。それぞれすべてが絶世の美女なのです」
 このかぐや姫の長広舌の間に三人の両脇を、顔の無い女どうしがすれ違って行きましたが、自分の弁舌に酔いしれているかぐや姫、そのかぐや姫に呆気にとられている桃太郎と石太郎も気付きませんでした。

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