小説

『正直者の斧』見坂卓郎(『金の斧』)

 コポコポコポ……

 いつものように水面に浮かび上がり、男を見据える。そこにいたのは、真っ黒に日焼けした、きこりだった。
「お前が落としたのは、この金の斧か?」
「いいえ、違います」
 ノー、か。私は〈女神マニュアル〉のフローチャートを頭の中ですばやく追いかけた。
「では、この銀の斧か?」
「いいえ、違います」
 ノー。
「では、この斧か?」
 私は先ほど拾った斧を見せる。男は目を輝かせて大きくうなずいた。
「そうです。ありがとうございます」
 イエス。判定は〈正直者〉か。ここまで来てようやく私の心に余裕が生まれた。よし、今回も無事に役目を果たすことができそうだ。
「そうかそうか。お前は正直者だな。ではこの金の斧と銀の斧も――」
「ください」
「えっ」
 突然のことに、私は一瞬フリーズした。
「金の斧と銀の斧も、ください」
 あわてて脳内にある女神マニュアルのページをめくる。無い、無い……。
 男が続けた。
「女神様は、私を〈正直者〉と言ってくださった。たしかに、私は今まで嘘をついたことがありません。その上で、どうしても」
 男はじっとこちらを見つめている。
「その金の斧、銀の斧が欲しくなったのです。黙っていては自分の心に嘘をつくことになると思い、申し上げました」
なるほど。私は思わず笑いそうになった。たしかに、正直者だ。欲張りだけど正直者。
「よろしい。ではお前に、この金の斧と銀の斧も与えよう」
「ありがとうございます」

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