小説

『吾輩はブスである』中杉誠志(『吾輩は猫である』)

 ああ、あるいはそのためであろうか。天は見ていた。神は実在する。そうして、あわれなこのブスめに、お目こぼしをくださったのであろう……などなどと、ごちゃごちゃ考えているうちに、吾輩は眠った。生まれて初めて感じる裸の男の体温は、至上の幸福感とともに吾輩を包み込み、この世に存在するありとあらゆる悪意を、吾輩に忘れさせてくれた。

 翌朝、起きてみると、隣にくさめはいない。ベッド脇に置いたはずのポーチもなく、服すらない――という夢を見て目覚めてみると、男はだらしない顔をして、吾輩の横に寝ていた。だらしないといっても、一部の正義超人を除けば誰でもなるような『寝顔ならびに寝起きの顔は不細工』状態にすぎぬ。四六時中ブスの吾輩とは、むろん比べるべくもない。
 処女喪失の記念と証拠のために写メろうとも考えたが、リベンジポルノを疑われるとまずいのでやめにした。自分の瞳にしっかりと焼きつけておこうと思ってじっと眺めていると、くさめが目を覚ます。
「おはよ、くろちゃん。どしたの?」
 いかぬ。夜の闇でごまかしていた化け物ヅラが、いまは露になってしまっている。こんな化け物を抱いたとあっては、くさめの人生の汚点となろう。おもわず両手で顔を隠そうとしたところで、キスをされた。寝起きの口内には雑菌が大量にわいていてわたしの口臭くないかなうわあああ……と思っているうちに相手の唇は離れた。触れるだけのキスだった。
「お腹すいた。外出てなにか食べよっか」
 我々は外に出て朝のファストフード店で軽い朝食を済ませた。イングリッシュマフィンとコーヒーごときでは胃は満たされない。しかし胸の中は満タンに満たされて、いろいろあふれ出ていた。
 手を繋いで駅まで歩き、改札の前でさようならという段になって、吾輩は勇気を出した。
「……また、会ってくれますか?」
「そうだね。また遊ぼ」
 出会ったときから変わらぬやさしい笑顔で、くさめは応えてくれた。
 しかし、これは嘘であった。以来、くさめとは連絡が取れなくなってしまった。

 吾輩は、たびたび考える。
 あの男は、もしやB専のヤリモクだったのであろうか。ブスが好きでかつセックスのみが目的の男、ということだ。あるいは本当に神の遣わしたもうた、やさしき天使だったりするのであろうか。
 なにせ連絡が取れなくなってしまったから、くさめの真の目的や正体は皆目見当がつかぬ。が、なにB専だろうがヤリモクだろうが天使だろうが構わない。いずれにせよ、吾輩は処女を捨てることができたのだ。のみならず、とくに大事に持っていたわけでもない処女を差し出した代わりに、自信という大事なものを手に入れた。その事実が重要だ。その事実だけで、吾輩は満足である。なぜなら吾輩は、これからはこういえるのだ。

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